第16話 冬に暖房の効いた室内で、かき氷
「ふはぁああっ!? なんです! これ、なんですっ!」
朝一から、家がひっくり返るほどの大音量でロネの叫び声が響き渡った。
俺が眠い目をこすりながらリビングへ出ると、そこには口をアングリと開けて固まっているロネと、同じく衝撃のあまり彫刻のようにフリーズしているセバロの姿があった。
騒ぎの理由はただ一つ。
昨晩まで「5LDK」だったはずの領主館が、一晩明けて起きたら「10LDK」になっていたから。
「おお、さすが小人さん。仕上がってるな」
建物の外観は二階建てのままだが、敷地を横に大きく広げたことで部屋数が一気に五部屋追加。廊下は長く美しく伸び、俺たちが今集まっている一階のリビングが倍の広さに拡張されていた。
「た、たったひと晩で……これほどの建築を狂いなく完了させるとは。ブラン様はとんでもないお方ですな……」
セバロが震える手で眼鏡を何度も直しながら呟く。
そしてアクシラはと言うと―――
どでかくなったリビングのド真ん中で、まるで異界に迷い込んだ迷子のように棒立ちになっていた。
「まさか……本当に増築されてるなんて。にわかには信じられません……」
「これが俺の魔法【設計図】だよ。寝て起きたらだいたいできてる」
「とんでもない魔法ですねブラン様。なぜゆえに伯爵さまは、あなた様をこの地に遠ざけたのでしょうか?」
アクシラが、理解不能と同時にどこか憤りすら含んだ青い瞳で俺を見つめてくる。
「そりゃ、当時は俺もこの魔法の本当の力を知らなかったからな」
「では……伯爵様は、ブラン様がこれほどの力を持っていることを未だにご存じない、ということででしょうか?」
「ああ、言う気もないしな。そもそも俺は実家からは実質的に縁切りされたようなもんだ。俺はこれからこのド辺境で、領地経営しながら好きなことをするさ」
「好きなことをする……ですか」
アクシラは、その言葉を噛みしめるように小さく呟いた。
「ま、そんな難しい顔してないでさ、アクシラ! 新しくできた部屋を見に行こう。ロネも行くぞ! 自分の部屋を見つけに行くんだ!」
「はいです! 行くです! ワクワクです!」
「よ~~し、新生領主館の探検ツアーへ出発だぁ!」
「はいです、ご主人様!」
ロネは元気よく新しくできた廊下へと飛び出していった。
今回の増築によって、ロネの完全な一人部屋も無事に確保できた。クローゼット付きの日当たりの良い綺麗な洋室だ。ロネは「明るくて綺麗です~~」とベッドの上でトランポリンのように跳ねて喜んでいた。
う~ん、増築なんて前世の人生でもやったことがなかったが……これ、めちゃくちゃ楽しいぞ。
これはちょっと、クセになりそう。
しばらく生まれ変わった10LDKの領主館を満喫した後、再び広くなったリビングへと戻ってきた俺たち。
戻ってすぐにアクシラが俺を見た。
「ブラン様……これは、何でしょうか?」
ダイニングテーブルに、ある物が置かれてあることにアクシラが気付いたようだ。
それは前世の日本家庭ならば、みんな一度は見たことのあるもの。どこか懐かしい形をしている。
「これはな、氷を楽しくする機械だ」
うむ、さすが小人さん。ちゃんと作ってくれてた。
こいつは、かき氷機だ。
「アクシラ、ちょっと君の氷魔法で氷を出してみてくれないか? この機械の頭にある受け皿に入るくらいの大きさの塊でいい……あ、もちろん嫌なら無理にやらなくてもいいぞ」
「いえ、それくらいでしたら……できます」
アクシラは少しだけ躊躇うように視線をさげたが、意を決したように機械の前に立つとその白く細い手をかざした。
その瞬間、彼女の手のひらから幻想的な美しい青い光が放たれ、ダイニングを涼やかに照らす。
―――カラン、カラン。
「おお……すげぇ、本当に氷だ!」
受け皿の上に、見事な透明度を誇る氷の塊がいくつか転がり落ちた。
冷凍庫に備え付けられている製氷機でも氷は作れるが、アクシラの氷はそれとは全く違う輝きを放っていた。
氷の格がちがうような気がする。
アクシラが魔法で生み出した氷は、不純物が混ざっていない、まるで最高級のダイヤモンドのような透き通った美しい結晶。
「よしよし、最高の素材が手に入ったな。じゃあ、アクシラが出してくれたこの特上氷を機械のここにセットしてだな……」
俺は氷の上に押さえ蓋をグイッとのせた。そしてグッと押さえつけるように力をいれると……
――ガガッ、ガッガガガガガガ!!
「な、なんですかブラン様ぁあ! でっかい貧乏ゆすりでも始めたんですか~~!?」
おいこら、誰が貧乏ゆすりだ。
電動かき氷機の激しい振動音にびっくりしたリナが、キッチンから飛んできた。俺はニヤリと笑い、受け皿の器の上にこんもりと山のように積み上がった「それ」をみんなに見せる。
「これだよ、リナ。かき氷だ」
「……これは、氷を薄くすり潰したものでしょうか?」
アクシラが不思議そうに器の中の白い山を覗き込む。
「そうだ、アクシラ。君が魔法で出してくれた最高の氷を薄い刃で削って、口当たりの優しい雪の粉に変えたんだよ」
俺はリナに頼んで貴重な白砂糖を少し持ってきてもらい、その真っ白な氷の山の上からパラパラと振りかけた。本当はイチゴやメロンのシロップあるいは練乳が欲しいところだが、今はそこまで贅沢は言えない。スプーンでひと口分をすくい、俺は自分の口へと運んだ。
パクリ。
「うっま……!!」
冷たい感覚が口いっぱいに広がった瞬間、削られた氷は一瞬で淡雪のようにフワッと溶け、砂糖の優しい甘さを少しばかり後に残した。
かき氷なんて食べるの、前世いらいで本当に久しぶりだぜ。
これなら大丈夫だな。
「よし、みんなの分もササッと作るから、食べてみてくれ!」
俺は再びガガガッ!とアクシラの氷を綺麗に砕いて全員分のかき氷を用意した。それぞれがスプーンを持ってそっと口に運ぶ。その瞬間、リビングに歓声が上がった。
「うわぁあ~~冷たいけど、お口の中でシュワって溶けて、すっごく美味しいですうぅ~~♪」
「しゃりしゃりです! なんだか手が止まらないです!」
「ほう……これはまた、冷気と甘みが非常にシンプルに調和した一品ですな。なかなかによい」
リナもロネも、そしてセバロも大絶賛でスプーンを動かしている。ラスタールの冬にかき氷なんて普通なら狂気の沙汰だが、この10LDK領主館の中はエアコンの暖房と床暖房が完璧に効いていて、春のようにポカポカなのだ。
暖かい部屋で食べるアイスや冷たいスイーツがどれほど贅沢か、前世の人間なら誰もが知っている至高の癒やしである。これまで必死に頑張ってきたんだ、これくらいの贅沢はバチは当たらないだろう。
ふと、アクシラの方に視線を移すと。彼女はかき氷をひと口食べた後、スプーンを握ったまま器の中の白い雪山をじっと見つめていた。
「……これは素晴らしいです。もしこれをラスタール以外の夏場に持ち込むことができれば、かなりの需要が見込めますね。ですが、最大の問題は冷気を保ったままの輸送をどうするか……それに、そもそもこの村の商品を流通させるには、まずは近隣の領地との商業的な交流ルートを開拓することが先決。……課題だらけです」
ブツブツと、もの凄い早口でビジネス的な分析を始めていた。
うむ、アクシラらしいといえばらしいか。
せっかくの美味しいスイーツなんだから、もっと単純に「美味しい!」って楽しめばいいのにとも思うが、これが彼女の生き方であり才能なのだ。楽しみ方は人それぞれだから、まあ好きにすればいい。
そんな平和なブレイクタイムを楽しんでいると、タイミング良くガンチとガジル神父が我が館を訪問してきた。
「領主様~~なんか館がデカくなってるてみんなが騒いでてな、見にきたぜ……って、なんだその白いもの!?」
「おやおや、ブラン様。また何か作られたのですか? 綺麗な雪山ですじゃ」
「おお、良いところにきたな二人とも。特製の氷でこしらえたかき氷だ。ほら、食べてみてくれ」
二人に差し出すと、ガンチは一口で「うおぉお! 冷てぇけど美味ぇええ!」と大騒ぎし、ガジル神父も「ふむ、これは心の穢れが洗われるような清涼感ですじゃ……」と目を細めた。
「なぁ領主様! これ、うちのチビたちにも食わせてやりてぇんだけど、いいか!?」
「ああ、構わないぞ。全員分削ってやるから、呼んでこい!」
ガンチが家を飛び出していって1時間後―――気がつけば我が館の広くなったリビングには、村の子供たち、ひいては噂を聞きつけた村の住人たちが大量になだれ込んできて、ちょっとした大騒ぎになっていた。アクシラの氷だけでは追いつかず、冷凍庫の製氷機も使うありさま。
まぁ、たまにはこういうお楽しみデーがあってもいいだろう。みんなでかき氷を囲んで、スプーン片手にキャッキャと笑顔で突っついている。
俺が二杯目のかき氷をのんびりと楽しんでいると、隣にアクシラがスッと座った。彼女は楽しそうに笑い合う領民たちの姿を、どこか眩しそうな目で見つめていた。
「……すごいですね、ブラン様は。瞬く間に皆が笑顔になりました」
「何言ってるんだよ、アクシラ」
俺はスプーンを口から離して、彼女を振り返った。
「この笑顔を作ったのは俺じゃない。アクシラ、君だろ?」
「……? それは、どういう意味でしょうか?」
「俺はただこの道具を作っただけだ。このかき氷がこれだけ大好評で、みんなをこれほど幸せな笑顔にできているのは、君が出してくれたあの魔法の氷が信じられないくらい純粋で素晴らしいからに決まってる」
「わたくしの、氷が……?」
「ああ。事実、冷凍庫の氷で作ったやつより、君の氷で作ったかき氷の方が圧倒的に雑味がなくて美味い。ほら、見てみろ。みんなおかわりしに並ぼうとしてるぞ」
俺が指差すと、子供たちが「あくしらさま、おかわりちょうだい!」と彼女のまえに列を作り始めた。
「な、だからアクシラがみんなを笑顔にしたんだ」
「わたくしがこの笑顔をつくった……」
「ああ、なんてったてこんな美人さんが出してくれた氷だからな。こりゃ最高だぜ」
俺が軽口を叩きながらニヤリと笑うと、アクシラは一瞬下を向いてから俺に視線を戻した。
「……ブラン様は意地悪です。そのようなお世辞で手なずけようとしても、何も出ませんよ」
そう言って、ぷいっと顔を背けてしまった。だが彼女の白い頬が、ほんのりと赤く染まっている。
「ふむふむ……やはりブラン様は、アクシラ様にとってこれ以上ない良き夫となられるお方のようですな。いやはやこの老い先短いセバロ、生きているうちにお二人の可愛らしいご子息様をひと目拝みたいものですわい」
後ろから執事のセバロが、これ以上ないほどの満面の笑みですげぇ爆弾を投下した。
「ねぇねぇ、アクシラさまあかちゃんうむの?」
「おとこのこ、おんなのこ? どっち?」
事情を知らない村の子供たちが無邪気にセバロの言葉に乗っかって突っ込み始め、リビングはさらに大きな笑い声に包まれる。
「なっ……せ、セバロ! 不適切な発言はひかえなさい……っ!」
さらに顔を赤くする公爵令嬢なのであった。
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