第13話 氷の公爵令嬢、床暖房でわずかに氷が溶けたのを俺は見逃さない
いやいやいや、おかしいだろ!
俺は実家を追放された身だぞ!?
なんでそんなタイミングで王国最高峰の公爵令嬢が、命がけでこんな辺境までお嫁に来るんだよ!?
わけわからん!
俺は混乱する脳内をなんとか抑え込み、平静を保った。
正門前に佇むその令嬢は、一言で表現するなら完成された芸術品のようだった。
ラスタールの冷たい風に流れる美しい銀髪に、吸い込まれそうなほど深い神秘的な青い瞳。仕立ての良い上品なドレスの上からでも分かる無駄のない整ったスタイルに、背筋をピンと伸ばした凛とした佇まい。
だが何よりも異質なのは、彼女の表情だった。
これだけの事態に直面しているというのに、その顔には一切の感情が浮かんでいない。まるで精巧に作られた氷の彫刻のようにピクリとも動かないのだ。
アクシラ……ミルタス公爵家の……。
あ、そうだ。思い出したぞ!
俺の脳内にある記憶の引き出しから、ある一つの噂話が飛び出してきた。アイザス伯爵家にいた頃、噂好きのメイドたちが仕事の合間にキャッキャウフフと話していた内容だ。
確か王立学園が創立されて以来の圧倒的なトップ成績を収め続けている、とんでもない才女がいると。徹底して完璧な淑女であり、その表情は決して崩れることがなく周囲からは畏怖を込めて「氷の令嬢」なんて呼ばれている公爵家のお嬢様がいる―――と。
その本人がなぜか今、初老の執事と小柄で可愛らしいちっこいメイドの二人だけを連れてこのド辺境に現れた。しかも、俺の婚約者を名乗って。
「とりあえず、立ち話もなんです。それにここは寒い。詳しい事情は領主館でお伺いしましょう」
「……はい」
アクシラ公爵令嬢は表情を一切変えないまま、短くそう答えた。
そしてスッと自然な動作で歩き始める。その一歩一歩の足運びすらも完璧に洗練されており、実に見事なものだった。
領主館へと向かって歩いていると、アクシラ公爵令嬢がちらりと視線をずらした。その視線の先は、シュルトたちが誇らしげに抱えているラスタール三八式歩兵銃である。
「ブラン様……不躾ながらお尋ねいたします。先ほどわたくしたちをお救いいただいた際、領民の方々が持っていらしたあの奇妙な鉄の筒は一体なんでしょう?」
「ああ、あれですか。あれは歩兵銃といって、遠くからでも魔物を仕留められる遠距離武器ですよ」
俺が何気なく答えると、並んで歩いていた執事のセバロさんが眼鏡の奥を鋭く光らせた。
「あれほどの威力と射程を持つ兵器、私は見たことがございません。もしやあれは、失われた古代文明の遺物……あるいは、どこかの未踏破ダンジョンから発掘された魔道具なのですかな?」
「え? いや、あれは俺が作りました」
「……作った?」
俺のあっさりとした言葉に、アクシラ公爵令嬢の氷の仮面が、ほんの少しだけピキリと揺れた気がした。青い瞳がわずかばかり見開かれている。
「ブラン様は高名な錬金術師様、なのでしょうか?」
「いえ、ただの実家を追い出された伯爵家の九男坊ですよ」
「……そうでございますか」
彼女はそれ以上追及せず、再び人形のような無表情に戻って正面を向いた。
まあ、そりゃそうだろうな。俺の持つ固有魔法【設計図】の存在なんて世間には一ミリも出ていないし、ただの追放された九男坊が「歴史を覆す新兵器を開発しました」なんて言っても、常識的に考えて信じられるわけがない。大方、適当にはぐらかされたとでも思っているのだろう。
そんなやり取りをしながら一同はエド村の居住区、つまり俺が小人さんたちと絶賛建築中の住宅街へと足を踏み入れた。
その瞬間、後ろを歩いていた執事とちっこいメイドから、同時に驚愕の声が漏れる。
「こ、これは……!? ここは、魔物の襲撃で荒廃しきった最果ての貧村ではなかったのですかな……!?」
「み、見たこともない形のお家ばかりですっ!? それに、どのお家も信じられないくらいピカピカで綺麗なのです!」
執事のセバロさんが綺麗な眼鏡をなんども拭きまくり、ちっこいメイドさんが、かわいらしい手足をバタバタさせながら「なのです、はいです!」と独特の口調で大騒ぎしている。
彼女たちの目の前に並んでいるのは、現代日本が建てるような一戸建て住宅の数々だ。中世ヨーロッパ風の石造りや木造家屋しか知らない彼女たちにとって、この鉄筋コンクリート住宅街の景観は異世界そのものなんだろう。
シュルトたちと別れた俺たちは、そのまま住宅街を抜けて小高い丘を少しばかり登る。
「はい、着きましたよ。ここです」
俺が新築一戸建てである、5LDK領主館の前で足を止めると、老執事のセバロさんが銀縁の眼鏡をクイッと指で押し上げた。
「失礼ながらブラン殿。こちらが領主のお屋敷……なのですかな?」
「ええ、自慢の我が家です。さあ、どうぞ中へ」
「……はい。失礼いたします」
アクシラ公爵令嬢はほんの少しだけ躊躇するような間を置いた後、静かに玄関のドアをくぐった。
新品ツルツルに艶が出ている廊下を通り、リビングへと案内する。
リビングに足を踏み入れた瞬間―――
「ひゃっ!?」
公爵令嬢から短い悲鳴が聞こえた。
なんとも可愛らしいところがあるじゃないかと公爵令嬢を見ていたら、俺の視線に気付いた彼女が呟いた。
「ゆ、床があたたかいです……」
「ああ、それは床暖房を入れてみたんですよ」
そう、俺はあれから領民の家造りの合間を縫っては、ちょくちょくこの領主館のグレードアップに励んでいたのだ。夜な夜な大工小人さんや設備業者小人さんたちと「やっぱり冬は床暖ほしいよな!」と盛り上がり、改造する日々を送っていた。これが楽しくてたまらない。
「ゆ、ゆかだんぼう……? でございますか?」
公爵令嬢の眉が少しだけ動く。
「そうです。まあ趣味で色々と快適性を追求していまして」
「……これもブラン様が作られたんでしょうか?」
「そうですよ。正式には電気式床暖房といいましてね、床下に特殊な電気ヒーターつまり発熱体を敷き詰めて、電気の力で床全体を温めているんです。ちなみにその電気は村の防衛で手に入れた魔石のエネルギーを変換して、乾電池を媒体に供給させて―――あ、そもそも電気っていうのはですね……」
俺の癖である「解説魔」のスイッチが入り、ペラペラと早口で喋り倒しそうになった、その時。
クイクイと俺の服の袖が、少し強めの力で引っ張られた。見るとリナがジト目を向けながら、困ったように微笑んでいた。
「ブラン様、ブラン様。お話は、お客様をソファーにお通ししてからにしてくださいね~~♪」
「お、おお……すまん、そうだったな。つい語り癖が。狭い家ですが、どうぞリビングのソファでくつろいでください」
俺がリビングの大きなL字型ローソファを指差すと、アクシラ様はおずおずと、しかし優雅な動作でそこに腰を下ろした。
執事のセバロさんとちっこいメイドさんは、貴族の従者としてソファの後ろにピシッと直立不動で立とうとする。
それはダメだ。
「いや、お二人もそこに座ってください。王都からはるばるこんな辺境まで、護衛もなしに馬車で移動してきたんでしょう? 相当疲れているはずだ。この家の中ではそういう堅苦しいのはいったん無しにしましょう」
「しかし、ブラン殿……」
「セバロ、ロネ。ブラン様のご好意です。座りなさい」
アクシラ公爵令嬢がそう言うと、二人は恐縮しながらもソファに腰を下ろした。
「ふぁっ! あ、アクシラさま、これ、もの凄くふかふかなのです! ロネのお尻が吸い込まれちゃいますです!」
「むぅ……っ。これは、一体いかなる素材で作られているのだ……? 公爵家にもこのようなものはないですぞ……」
よしよし、ソファーに埋もれるがいい。この家で快適性の拒否は許されないからな。
俺のわがままルールだ。
ソファーのクッションをガン見する執事に、ペタペタ触るメイド。
アクシラ公爵令嬢も表情こそ変えないものの、その身体がソファの極上の柔らかさに驚いているのか、少しばかり座り直す仕草でなんとなく分かった。
この世界における椅子やソファは基本的には木製のフレームがベースであり、ぶっちゃけかなり硬い。どれだけ高級なものでもクッション性が低く、どちらかといえば豪華な彫刻や金箔などの「権力の象徴」として使われることが多い。
対して、この5LDK領主館にあるソファは耐久性の高いポケットコイルを内蔵し、高密度のウレタンと羽毛をふんだんに使った、人間をダメにするタイプの機能性重視ソファである。
ウズウズ……
おっと、危ない。もうちょっとで、ウレタンの密度とコイルのハイブリッドについて熱く解説するところだった。危ねぇ危ねぇ、今は話を本筋に戻そう。
俺は一つコホンと咳払いをすると、正面のアクシラ公爵令嬢を見つめた。
「さて……お疲れのところ大変恐縮ですが、そろそろ詳しい事情をお聞かせいただけますか? 王都の公爵令嬢が、なぜこんな最果ての村へやってきたのか」
俺の言葉に彼女は深く、静かに息を吐いた。そして氷のように動かない顔のまま、ぽつり、ぽつりと語り始めた。
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