第12話 突然の来訪者の正体は
「ブラン様ぁ~今日はシュルトさんのお家ですか~~?」
耳に馴染んだリナの弾むような声を隣に聞きながら、俺は手元のメモ帳に視線を落として「ああ」と頷いた。
「今日でちょうど三十一戸目だな。リナも一緒に来るか?」
「はいっ! もちろんついていきますぅ~♪」
いつものようにひまわりが咲いたようなルンルン笑顔で、俺の隣でスキップしながらついてくるリナ。相変わらず元気で可愛い奴だな、癒やされるわ。
俺たちが二人でのんびりと歩いているのは、エド村の広大な敷地内だ。
5LDK超快適領主館を建ててから、早くも一ヶ月の月日が流れていた。
あの内見ツアーの後、くじ引きによって厳正に決められた順番に従い俺は毎日コツコツと領民たちの家を建て続けている。
この村の総世帯数は約六十戸。毎日一戸ずつ、俺の【設計図】と大工小人さんたちの超絶技巧を駆使して建てていき、ようやく半分となる三十戸が完成したところだった。折り返し地点にきたわけだが、あと半分あると思うと領地経営もなかなかに骨が折れる。
ぶっちゃけ、領主自らが家を建てて回ることが領地経営なのかはしらんけど。
大変ではあるが、苦ではない。
なんだかんだで、俺は楽しんでいるのでよし。
それにしても―――
「本当に広い村だよな、ここは」
リナと歩きながら周囲を見渡す。
このエド村は王国にある一般的な農村に比べて、敷地が信じられないほど広大だった。それもそのはず、ここはかつてバルム王国が威信を懸けて送り出した最果て開拓団の本拠地だった村なのだ。
全盛期には千人近くの戦士や職人商人に農民が常駐していたらしく、当時の面影を残す使われていない廃墟や崩れかけた木造家屋がとても多い。現在の住民たちの家屋は教会の近くに密集しているがそれ以外のエリアは完全な放置状態で、ただの寂れたゴーストタウンのようになっていた。
「お、あそこがシュルトの家か」
歩みを進めると、シュルトとその家族が総出でこちらに向かって大きく手を振っていた。
「だいぶ待たせてしまったな、シュルト」
俺が声をかけると、シュルトは頭を掻きながら気のいい笑顔を浮かべて一歩前に出た。
「とんでもねぇでさぁ、領主様。毎日誰かしらの家が建っていくのを村のみんなでワクワクしながら見てましたからね。この村の連中はみんな家族みたいなもんです。誰の家が先になろうが、恨みっこなしの順番待ちですよ!」
シュルトは前回のブラックウルフ防衛戦でも、ラスタール三八式歩兵銃を手に素晴らしい射撃センスを見せてくれた歩兵銃部隊の隊長である。仲間思いで気さくな性格をしており新兵器の扱いにも一番に馴染んでくれた、これからの村を背負って立つ頼もしい男の一人だ。
「よし、それじゃあさっそく【設計図】のイメージを固めたいんだが……シュルトに嫁さんと、子供が一人だったな。なら、部屋数はと……」
「あ、あの……領主様、子供は二人でさぁ」
シュルトが少し照れながら隣に立つ嫁さんへと視線を向けた。見れば、嫁さんは少し頬を赤く染めながら、愛おしそうに自身のお腹をそっとさすっている。
んん?
ああ、なるほど、そういうことか。
「わぁあああ~~♪ シュルトさん、奥さん、おめでとうございますぅうう! よかったねぇ~~お兄ちゃんになるんだねぇ~弟かなぁ~妹かなぁ~♪」
リナがシュルトの長男坊と一緒に、お母さんのお腹をマジマジと見つめながら嬉しそうな声を上げた。村に新しい命が産まれるというのは、大変結構なことである。
「なるほど、それはめでたいな。なら将来的なことを考えれば、2階の間取りを1つ増やして設計しておくか」
「へぇ、そこまで考えてもらえるなんて、本当にありがてぇです!」
シュルトが感激したように何度も頭を下げる。
俺はこの村を世界一快適な村にするつもりだ。だから領民もすべからく快適な暮らしをする権利がある。ていうかして欲しい。ただそれだけなんだよな。
さて、どんな外観にしようか。
せっかくの新しい命を迎える家だし、少し日当たりのいい南向きのバルコニーでも付けてやるか……などと俺が頭の中で妄想を膨らませていると。
クイクイと俺の服の袖が引っ張られた。
振り返るとリナがニンマリとした、なんとも悪戯っぽい笑みを浮かべてこちらを見上げていた。
「ブラン様も、お家作りばかりじゃなくて~色々と頑張らないとですねぇ♡」
「……? 何を頑張るんだ?」
「決まってるじゃないですか、お嫁さん探しですよぉ~~!」
リナは人差し指をチチチと振りながら、楽しそうにクスクスと笑う。
「嫁ねぇ……リナ、忘れてないか? 俺は実家から追放されたしがない九男坊だぞ。わざわざこんな地の果てまで、追放された俺の元にやってくる物好きな女性なんていないだろう」
前世の知識があるとはいえ、この世界での俺の社会的ステータスは完全にどん底だ。
いくら魔法で快適な家が建てられるからといって、世間的には「お家から追い出された無能な粗大ゴミ」扱いなのだ。
するとリナは一瞬だけ真面目な顔をした後、頬をほんのりピンク色に染めて上目遣いで俺の胸元に指を当てた。
「むふふ~~だったら、あたしがブラン様のお嫁さんになってあげま~~す♡」
「リナかぁ」
「ええぇ~~なんですかその反応! あたしじゃ不満ですか~~こう見えてもエド村の看板メイドなんですからね~~!」
ぷく~っと頬を膨らませて怒るリナ。その様子が微笑ましくて、俺は思わず吹き出してしまった。
そんな平和で他愛もないやり取りをしていた、その時―――
「―――領主様ぁあああ!! 魔物だべぇえええ!!」
村の入り口にある見張り台の方から、叫び声が響き渡った。
一瞬で空気が凍りつく。俺はリナとの冗談を即座に脳内から締め出し、声のした方向へと鋭い視線を向けた。
「魔物の種類と規模は?」
俺が声を張り上げて問い返すと、見張りの村人が息を切らせながら叫んだ。
「へぇ! ブラックウルフが数匹です! ……が、それだけじゃねぇ! 一台の馬車がそいつらに襲撃されてるみたいですだ!!」
「何だと……!? 馬車が襲われている?」
こんな最果ての村に、馬車?
が、今は考えている暇はない。
「シュルト、家作りは一時中断だ! すぐに歩兵銃部隊を招集して正門に集めろ!」
「了解でさぁ! 行くぞ野郎ども、武器を持って門へ急げ!!」
シュルトは一瞬で戦士の顔になり、近くにいた男たちを引き連れて猛ダッシュで武器庫へと走っていった。
◇◇◇
正門の櫓の上に駆け上がると、遥か前方の状況が一目で分かった。見張りの言う通り、一台の馬車が猛スピードでこちらへ向かって走ってきている。その周囲を、漆黒の毛並みを持つ獰猛なブラックウルフが三匹、執拗に追いかけ回し今にも馬車の御者台や馬の足に飛びかかろうとしていた。
「領主様、部隊揃いやした!」
背後からシュルト率いる5名の歩兵銃部隊が、ラスタール三八式歩兵銃を抱えて滑り込んできた。この一ヶ月の間、定期的な訓練を重ねてきた彼らの動きには無駄な迷いが一切ない。
さらにガンチ達前衛部隊30名も正門前へと集結を完了させた。
「よし、歩兵銃部隊―――各個、的を絞れ! 射撃開始だ! ただし、できる限り馬車や馬には当てるなよ!」
「「「了解!!」」」
カチャ、カチャリと、ボルトアクションの冷たい金属音が心地よく響く。
男たちが銃床をしっかりと肩に当て、俊敏に動くブラックウルフたちに照準を合わせた。一ヶ月前とは練度が違う。今の彼らは立派な狙撃兵だ。
――――――ダァーーンッ!!
――――――ダァーーンッ!!
――――――ダァーーンッ!!
激しい銃声と共に、銃口から白煙が噴き出した。
「ガルゥッ!?」
先頭を走っていたブラックウルフの脳頭蓋を弾丸が粉砕し、短い悲鳴をあげてその場に激しく転倒する。続いて第二波の一斉掃射。
残りの二匹も、一匹は胴体を数発撃ち抜かれて地を真っ赤に染め、もう一匹は前足をへし折られて転がったところを容赦のない追撃の一発で完全に息の根を止められた。
わずか数十秒の電撃戦。馬車に傷一つ負わせることなく、襲撃していた魔物はすべて地に沈んだ。
「ふぅ……良くやった。銃撃戦の腕もかなり上がってきたな」
「へへ、領主様の作ってくれたこの歩兵銃、本当に最高でさぁ」
シュルトが誇らしげに銃口の煙を吹き消す。
魔物の脅威が去ったことで速度を落とした馬車が、そのままゆっくりと我が村の正門前へと入ってきて、静かに停車した。
俺は櫓から降り、リナや戦士たちを引き連れて馬車の前へと歩み寄る。
「んん? あの紋章……」
黒塗りの高級な木材で作られた馬車の側面に刻まれていたのは、大輪の薔薇と剣をあしらったあまりにも重々しい意匠。この世界のブランとしての記憶がその紋章の正体を瞬時に弾き出した。
バルム王国において王家に最も近く、最高位の権力を持つ貴族。
公爵家の紋章だ。
王都からはるばる離れたこんなド辺境の開拓村に、なぜ公爵家の馬車が?
しかも何よりおかしいのはこれほどの大貴族の馬車であるにもかかわらず、護衛の騎士や並走する騎兵が一人もいないことだ。たった一台、文字通りこの馬車だけで魔物の巣窟である最果ての地を突き進んできたというのか?
張り詰めた緊張感の中、馬車の御者台から一人の男がゆっくりと地面に降り立った。
見事な燕尾服を着用し、銀縁の眼鏡をかけた白髪混じりの初老の男。背筋がピンと一本の鉄柱のように伸びており、一挙手一投足に無駄がない。
なんだこのおっさん……いかにもプロ中のプロ執事って雰囲気が全身から溢れ出てるぞ……
初老の男は俺たちに一礼すると、洗練された美しい動作で馬車の重厚なドアを開け、深く頭を下げた。
「お怪我はございませんか、お嬢様。これより、お降りください」
男の言葉に応じるように、馬車の中から二人の女性が姿を現す。
最初に降りてきたのは、フリルのついたメイド服を身にまとったまだ幼さの残る小柄な少女だ。どうやらお付きのメイドらしい。そして、その少女に手を引かれるようにして、もう一人がゆっくりと地面に足を下ろした。
「―――っ」
思わず、隣にいたリナが息を呑む音が聞こえる。
もちろん、俺も後ろの村人たちも完全に言葉を失っていた。
そこに立っていたのは、この世のものとは思えないほど美しい令嬢だった。
夜空を溶かし込んだような深い青色の透き通るほど綺麗なドレス。その裾から覗く白い肌は雪よりも白く、流れるような銀髪がラスタールの弱い冬の光を浴びてキラキラと輝いている。まるでおとぎ話の絵本からそのまま飛び出してきたかお姫様のような、絶世の美少女である。
令嬢は凛とした佇まいで俺の正面へと歩み寄ると、ドレスの裾を優しく持ち上げて、完璧な淑女の礼を披露した。
「お初にお目にかかります。わたくし、アクシラ・フォン・ミルタスと申します。ミルタス公爵家の三女でございます。まずは助けて頂いたこと、深くお礼申し上げます……そしてお尋ねいたしますが、ブラン様は、どちらにいらっしゃいますでしょうか?」
ビビるくらいに鈴を転がしたような綺麗な声で、公爵令嬢は真っ直ぐに俺を見つめて尋ねてきた。
「あ、ああ……ブランは、俺……いや、私ですが。公爵令嬢様が、一体どのようなご用件でこのような最果ての村までいらっしゃったのですか?」
あまりの美貌と、突然の大貴族の登場に脳の処理が追いつかず、俺の声は少し上ずってしまった。
するとアクシラ公爵令嬢に代わって、隣に控えていた眼鏡の執事が一歩前に出て、口を開く。
「おや、何も聞いておられないのですかな?」
「いや……特に何も……?」
俺が怪訝な顔で答えると、執事はフッと口元を緩め眼鏡の奥の目を細めた。
「ふむ。それではお伝えいたしましょう、ブラン殿。
……こちらのアクシラお嬢様は、あなた様の婚約者様にございますぞ」
静かな、だが確かな声が正門前に響き渡った。
…………はい?
今、なんて言った? このおっさん。
コンヤクシャ?
「ええぇ~~~、こ、婚約者ぁあああ!?」
俺の代わりに、後ろでリナがひっくり返りそうな大声を上げた。
「……はい。執事のセバロが申した通りにございます。わたくしはブラン様の婚約者としてこの地にまいりました」
アクシラ公爵令嬢が眉ひとつ動かさず、はりついた表情のまま淡々と言葉を発した。
いやいやいや……ちょっとまて!
さっきリナと「嫁なんて来るわけない」って話をしてたばかりなのに、まさかの超弩級のお嫁さんが向こうから直々にやってきたんだが!?
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