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後方腕組み師匠面(ししょうづら)しているだけの俺が、実は世界最強の剣聖だった件  作者: 街角のコータロー
第3章:南の霊樹、神至る深淵

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第18話:王太子の求婚

南の王都に降り注ぐ黄金の雨は、あらゆる傷を癒やす祝福の雨だった。


だが、王宮広場の中央、王太子が膝を突いたその一点だけは、まるで時が凍りついたかのような、異様な静寂に包まれていた。


「……聖女リナ殿。どうか、我が妃に」


 王太子の真剣な求婚。


一国の主となるべき男の、誠実すぎるほどの言葉。


 普通なら、誰もが息を呑み、奇跡のような玉の輿に喝采を送る場面だろう。


だが、その場にいた「最強の家族」たちの反応は、王太子の予想を遥かに超えるものだった。


「え……ぇぇぇぇぇ……っ!?」


 リナ本人が、金魚のように口をパクパクさせて固まる。


 その隣で、カイルは飲んでいた水を盛大に噴き出した。


「ぶふぉっ!? お、お、お、王妃様ぁ!? リナが!? ま、マジかよ……いや、あいつ、昨日まで俺の『干し肉』を半分奪い合って喧嘩してたような奴だぞ!?」



 だが、その騒ぎを瞬時に黙らせる「何か」が、リナのすぐ後ろから立ち昇った。


「…………王太子様」


 その声は、驚くほど低く、地を這うような冷徹さを帯びていた。


 アルドである。


 先ほどまで「龍神モード」で見せていた神々しい輝きは、完全に消え去っている。


しかし、その背後から漏れ出す威圧感は、先ほどの邪神が可愛く思えるほどに鋭く、そして「重い」。



 アルドがゆっくりと、リナの前に一歩踏み出した。


 ただの足音のはずなのに、王太子は、巨大な氷山が目の前に迫ってきたかのような錯覚に陥り、思わず息を詰まらせた。


「……俺の聞き間違いでしょうか。……今、リナを『どこか』へ連れて行く……というようなお話が聞こえた気がしたのですが」


 アルドの目は、笑っていなかった。


 茶色の瞳の奥に、先ほどの黄金の残光がチロチロと、まるで静かな怒りの火種のように揺らめいている。


「あ、アルド殿……。貴殿の気持ちは重々承知している! 兄として妹を思うあまり、手放したくないというのも理解できる。だが、これは彼女自身の幸せ、そしてこの国の未来を……」


「……未来?」


 アルドが言葉を遮った。


その一言だけで、王太子の周囲の空間が物理的にミシミシと軋みを上げる。


「リナを『南の大陸を安定させるための楔』にするつもりですか? ……この子は、聖女である前に、俺の妹です。……遊びたい時に遊び、食べたい時に食べ、誰の思惑も気にせず、田舎のログハウスで笑っている権利がある。……それを『王妃』という名の籠に閉じ込めようとするなら……」


 アルドの右手が、腰の『星凪』の柄に添えられた。


「……俺が今ここで、この国の『お掃除』の続きをしなければならなくなりますが……よろしいですか?」


「(ひ、ひぃ……っ!!)」


 王太子は背筋に氷を流し込まれたような戦慄を感じた。


目の前の男は、さっき「光が出ちゃった」と言いながら、一瞬で世界を書き換えた怪物なのだ。


本気で怒らせれば、この王都ごと消去されかねない。


 だが、この凄まじい「兄の独占欲」を、世界で唯一、うっとりとした表情で見つめている女性がいた。


「(……あああああぁぁぁ……っ!! なんて、なんて素晴らしい兄妹愛……!)」


 ミラである。


 彼女は、辺境伯令嬢としての仮面が半分溶け落ちたような顔で、アルドの背中を凝視していた。


「(……妹君を、一国の王族から全力で守ろうとするあの凛々しいお姿……っ! 『俺の妹には指一本触れさせない』という、あの静かなる覇気! ……かっこいい……かっこよすぎて、ワタクシ、どうにかなってしまいそうですわ……!)」


 ミラの脳内では、アルドが「(リナだけでなく)ミラさんのことも、誰にも渡さない……」と言い放つ幻聴が、既に大音量で再生されていた。


 顔は林檎のように赤くなり、扇を握る指先は小刻みに震え、瞳にはハートマークでも浮かびそうなほどの熱量が宿っている。


「……ミラ様。辺境伯令嬢の顔が崩壊していますよ。よだれを拭きなさいな」


 ベラドンナが呆れ果てて囁くが、


ミラは「ふえぇ……アルド様ぁ……」と、小声で限界オタクのような声を漏らすばかりだ。


「……計算によれば、アルド殿の不快指数は現在 89%。……これ以上リナ殿に固執した場合、南の王宮の再建費用は国家予算の 400% を超える破壊が予想されます。……殿下、速やかな撤退を推奨」


 ゼクスが眼鏡を光らせながら、事務的に死刑宣告を下した。


「……リナ」


 アルドが、憑き物が落ちたような優しい声で、背後の妹を振り返った。


「……美味しいスープも、フカフカのパンも、俺がいくらでも作ってあげる。……ミラさんも、カイルも、みんな一緒に住める家が、俺たちの家だよ。……リナは、一人でここ(王宮)に残りたい?」


 リナは、自分に向けられたアルドの温かな手を、ぎゅっと両手で握りしめた。


「……ううん。お兄さんがいないと、私、スープの味もしないと思う。……王太子様、ごめんなさい! 私は、お兄さんと一緒に帰ります!」


 その言葉が、王太子の心にトドメを刺した。


 アルドは満足そうに頷くと、再び王太子に「目が笑っていない」視線を向けた。


「……というわけです。……明日の晩餐会には出席させていただきますが、リナを困らせるようなメニューは、控えていただけますよね?」


 「メニュー」と言いつつ、実質的に「リナへのこれ以上の接触は命に関わるぞ」という最後通牒。


 王太子は、震える膝を必死に抑え、深々と一礼してその場を去るしかなかった。


「……さて。ミラさん、服が汚れてしまって恥ずかしいですが、明日の晩餐会、エスコートしてもよろしいですか?」


「……っ!! ……ふ、ふぇっ!? え、ええ、ええ! も、もちろんですわ! アルド様となら、ワタクシ、どこへでも……っ!!(モゴモゴ)」


 ミラは、ついにその場でしゃがみ込み、扇で顔を覆って真っ赤になった自分を隠した。


 世界を救った英雄の凱旋。


それは、史上最強の兄による「妹防衛戦」と、それを見て脳内がパンクした魔王令嬢の、大混乱の夜へと続いていく。



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