第3話:聖域の庭師
「異端の者よ、これ以上聖域を汚すつもりか! 貴様のような北の人間が、我が国の根幹たるユグドラシルの何を知っているというのだ!」
ガルアス筆頭長老の罵倒が、静まり返った広間に響き渡る。だが、アルドは眉一つ動かさず、むしろ不思議そうに巨大な幹に触れていた。
「……何を知っているかって聞かれても困るんですが。ええと、木を育てるのは僕の日常なんです」
アルドは、ガルアスの怒気をひょいとかわすように穏やかに話し始めた。
「僕が住んでいる村も、放っておくと土が固くなっちゃうから、いつも適当に元気が出るように耕してるんです。そうすると、切り傷がすぐに治る薬になる草が勝手に生えてきたり、美味しいキノコが採れたりして便利なんですよ。……あ、そういえば家の裏にもこれと同じような木が生えてましたね。ちょっとした裏山の木、みたいな」
「……な、何を馬鹿な! 家の裏に世界樹だと!? 虚言も大概にせよ!」
ガルアスが顔を真っ赤にして杖を振り回す。
ハイエルフにとって世界樹は神聖不可侵の至宝。
それを「裏山の木」と同列に語るなど、彼らには耐え難い侮辱だった。
だが、ミラが扇をパッと広げて、気高くも冷ややかな笑みを浮かべた。
「無知とは罪ですわね、長老様。アイゼンベルク辺境伯令嬢たるワタクシが保証いたしますわ。アルド様のログハウスの裏にあるのは、間違いなく世界樹の木。……いえ、あの方のまごころ(魔力)を受けて育った、本物以上にエネルギーに満ちた『聖樹』ですわ」
(……危ないところでしたわ。思わず『魔王の軍事教本にも載っている』と口走るところでしたわ。アルド様には内緒ですものね!)
ミラは内心で冷や汗をかきつつも、毅然とした態度で長老たちを見据えた。
「アルド様にとって、自然とは崇めるものではなく、共に生きる『隣人』。……貴方たち、数百年も木のそばにいて、一度でもこの子が何を食べて、どこが痒いのか聞いてあげたことがあって?」
ミラの言葉に、長老たちは絶句した。
アルドはそんなやり取りをよそに、ユグドラシルの樹皮に耳を当て、トントンと軽く叩いている。
「……うん、やっぱりそうだ。お腹が空いてるんじゃなくて、喉に何かが詰まって吐き出しそうになってる。……例えるなら、家の裏の木に悪い虫がついて、養分を全部吸い取られてる時と同じ音がするんだ。とっても苦しそうだよ」
アルドは『星凪』の柄を軽く叩き、シオンとカイルに視線を送った。
「カイル、シオンさん。……ちょっと、この木の病気を覗きに行こう。かなり奥の方に、すごく重たくてベタベタした塊があるんだ。それを取り除かないと、この子は息ができない」
「了解、お兄さん! 俺の『黒曜』で、その虫を叩き斬ってやるよ!」
「御意、マスター。……霊樹を害する不浄、某が断ち切りましょう」
カイルとシオンが即座に応じる。
その信頼の強さに、セレナ(霊樹皇)は確信を得たように深く頷いた。
「ガルアス、退きなさい。……今、この場でユグドラシルの痛みを正確に指摘したのは、貴方たちではなく、アルド殿です。……アルド殿、どうかお願いします。この大陸の命運を、貴方に託します」
「……託されるなんて、大層なことはできないけど。……木を元通りにするのは、僕の仕事ですから」
アルドはいつもの気負いのない笑顔で歩き出した。
その後ろを、心配そうに、けれど誰よりも彼を信じているリナが追う。
「お兄さん! 私も行くよ。聖女の力で、少しでも木の苦しみを和らげられるかもしれないから!」
「ありがとう、リナ。……よし、じゃあみんなで、ちょっと『診察』に行こうか」
世界を救う壮大な作戦を、アルドは「診察」と呼んだ。
唖然として見送る長老たちを置き去りにして、一行はユグドラシルの根元に開いた、暗く深い――病魔が逆流する深淵の迷宮へと、その足を踏み入れた。
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