第4話:王室の決意
ユグドラシルの根元に口を開いた巨大な空洞。
そこから吹き出す風は、かつての清浄さを失い、どろりとした魔力の腐敗臭を孕んでいた。
「……うわっ、すごく嫌な匂い。お兄さん、これ本当に『虫』のせいなの?」
リナが鼻を抑えながら、アルドの背中に隠れるようにして尋ねる。
「うん。でも、ただの虫じゃないみたいだ。……すごく大きくて、欲張りな虫だよ。カイル、足元が滑りやすいから気をつけて」
「分かった、お兄さん! ……黒曜、力を貸してくれよ」
カイルが腰の黒鋼の剣を撫でると、刀身が呼応するように閃光を放ち、暗い洞窟内を青白く照らし出した。
「マスター、前方より不浄の気配。某が露払いをいたしましょう」
シオンが『薄墨』を抜き放ち、静かに闇へと踏み込む。
アルド一行の「診察」は、こうして深淵の奥深くへと開始された。
一方、その頃の地上――。
ベラドンナが指先で空をなぞると、甘く、それでいて抵抗できないほど重い芳香が長老たちを包み込んだ。
「な、何だこの香りは……急に、眠気が……」
ガルアスたちは、反論する暇もなくその場に崩れ落ち、幸福そうな顔で深い眠りについた。
「これで静かになったわね。……さて、ミラ様。どうやらこの王都、長老たち以外にも『掃除』すべきネズミが紛れ込んでいるようですわよ?」
ベラドンナが瞳を怪しく光らせ、城壁の影に隠れていた「影」を睨みつける。
「ええ、分かっておりますわ。……ゼクス、ゴルド! 王宮の周囲に結界を張り、逃げようとする不浄の者たちを捕らえなさい。アルド様が下でお仕事をされている間、この地上に余計な雑音を通すわけにはいきませんもの」
「計算通りです、ミラ様。既に影たちの逃走経路は全て封鎖しました。彼らが次に踏む一歩は、私の演算した『絶望』への入り口です」
ゼクスが眼鏡を上げ、無数の幾何学模様の魔法陣を空中に展開する。
「ガハハ! 俺様はこっちのネズミ共を叩き潰してくるぜ! アルド殿に『騒がしくて眠れなかった』なんて言われたら、俺様の筋肉の面目が丸潰れだからな!」
ゴルドが笑いながら、影に向かって文字通り「飛んで」いった。
地下迷宮、第一層。
アルドは、壁面に脈打つ世界樹の根に、そっと手を当てた。
「……大丈夫。今、みんなで悪いところを見つけに行くからね。もう少しだけ、頑張って」
アルドから流れ出す、純粋で膨大な魔力が根を通じて迷宮全体に微かに伝わる。すると、腐敗した空気が一瞬だけ和らぎ、奥へと続く道が示された。
「……お兄さん、木が喜んでるみたい。少しだけ、空気が軽くなったよ」
リナが驚いたように周囲を見渡す。
「よし、行こう。……この奥に、この木の『心臓』がある。そこに、全ての原因が詰まっているはずだ」
アルドの言葉に、カイルとシオンは剣を強く握り直した。
地上の四天王たちが、アルドの静寂を守るために戦い。
地下のアルドたちが、世界の根幹を救うために突き進む。
アイゼンベルク辺境伯令嬢――そして魔王ミラが守る「平穏」の中で、最強の村人の診察は、より深く、険しい道へと続いていくのだった。
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