第1話:黄金の国への招待
北の聖域から南へと向かう旅路。
それは、これまでの雪景色とは対照的な、生命の色彩に満ちたものだった。
南の大陸へ足を踏み入れた瞬間、一行を包み込んだのは、むせ返るような緑の匂いと、肌をなでる温かな湿気だ。
見上げる空を隠すほどに高くそびえる巨木たちが、陽光を濾して黄金色の木漏れ日を地面に落としている。
「わぁ……。お兄さん見て! お花が、私の顔より大きいよ!」
「本当だね、リナ。……なんだか、空気がすごく濃い気がするよ」
アルドは深呼吸をし、聖剣『星凪』の柄に軽く手を置いた。
彼にとってこの「濃い空気」は、単なる湿気ではなく、この大地に満ちる膨大な魔力――世界樹の息吹だと感じ取っていた。
一行の前方に、一団の騎兵が現れた。中央に立つのは、見覚えのある金髪の青年。
先日、アルドの「抜き打ち稽古」を受けた南の王太子が、正装に身を包んで待ち構えていた。
「よくぞ……よくぞ来てくれた、アルド殿! 貴公という方を我が国に迎えられること、これ以上の誉れはない!」
王太子は馬から降りるなり、アルドの手を固く握りしめた。
その掌には、アルドとの稽古でついたマメがまだ残っている。
「王太子さん。わざわざお迎えありがとうございます。……あの、体のほうはもう大丈夫ですか?」
「ははは! 貴公の『御教授』のおかげで、以前より遥かに体のキレが良い。……さあ、母上(霊樹皇)も首を長くしてお待ちだ。我が王都『ルミナス』へ案内しよう」
アルドたちが歩き出す中、ミラは扇で顔を半分隠しながら、潤んだ瞳でアルドの背中を追っていた。
「(……いよいよ、南の国。リナの縁談が上手くいけば、次はいよいよワタクシとアルド様の……モゴモゴ)」
南の情熱的な気候のせいか、ミラの妄想は北にいた時よりもさらにヒートアップしており、一人で顔を真っ赤にして口を動かしている。
「……ミラ様。先ほどから何をブツブツと仰っているのです。熱中症ですか?」
「な、何でもありませんわ、ゼクス! それより見てご覧なさい、あの木々を。……美しいけれど、少しだけ、元気がないように見えませんこと?」
ミラの鋭い指摘に、ゼクスも眼鏡の奥の瞳を細めた。
王都へ向かう街道の両脇。
一見、豊かな緑に見えるが、葉の先端は微かに枯れ、風に揺れる音もどこか乾いている。
アルドもまた、歩きながら周囲の木々にそっと手を触れた。
「……みんな。なんだか、木が『助けて』って泣いている気がするんだ」
アルドのその呟きが、これから始まる未曾有の危機の予兆であることを、まだ誰も知らなかった。
一行を歓迎するはずの王都ルミナスの城門には、王太子の笑顔とは裏腹に、杖を突き、険しい顔で待ち構える「ハイエルフの長老たち」の姿があった。
「……王太子殿下。よもや、このような『異端の者』を、霊樹が病むこの時期に招き入れるとは。……此度の災厄、この者たちが持ち込んだ不浄によるものではないと、誰が証明できましょうや」
アルドの南の大陸での第一歩は、歓迎の宴ではなく、冷ややかな糾弾の声から始まった。
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