【幕間:南からの使者、そして……】
北の聖域、アルドのログハウス。
西の龍皇城から戻った翌日の昼下がり、リビングにはいつものように穏やかな時間が流れていた。
アルドが丁寧に淹れたお茶を飲みながら、リナがふと、彼の横顔をまじまじと見つめて首を傾げた。
「ねぇ、そういえばお兄さん。……お兄さんって、私たちが初めて会った時から、全然見た目が変わらないよね?」
「えっ? そうかな。自分じゃあんまり分からないけど」
アルドがのんびりと答えるが、リナは真剣な表情で指を折って数え始める。
「出会ってからもう五年以上経つのに、シワ一つ増えてないし、背が伸びた感じもしない……。やっぱり、この前龍皇様が言っていた『龍の因子』が関係してるのかな。……お兄さん、もしかしてずっとそのままなの?」
龍の因子。
食べた魔力を己の不滅の力へと変える特異体質。
それがアルドの時をも止めているのだとしたら。
「ははは。もしそうなら、リナやカイルが大人になっても、俺だけずっと『お兄さん』のままでいられるね。それはそれで、悪くないかもしれないな」
アルドが優しく微笑むと、その言葉に反応したのはカイルだった。
「よーし! だったら俺も、これから毎日トカゲの肉を山ほど食べるぞ!!」
カイルはガタリと椅子を鳴らして立ち上がり、拳を握りしめた。
「お兄さんみたいに強くなって、ずっとずっとこの家を守れるようになるんだ! 先生に稽古をつけてもらって、トカゲも自分で狩って……俺、絶対にお兄さんみたいな『無敵の男』になってみせるよ!」
少年の瞳には、かつてないほど強い決意の光が宿っていた。
アルドは、そんなカイルの頭を「期待してるよ」と優しく撫でる。
そんな、どこまでも平和で尊い光景が続いていた、その時。
コンコンッ、控えめにログハウスの扉をノックする音が聞こえた。
扉を開き現れたのは、いつもより少しだけ頬の赤い、どこか誇らしげな表情を浮かべたミラだった。
「アルド様 ……お客様がいらしてますの。」
「ミラさん? どうしたの、それにお客様って……」
「南の霊樹皇国から、王太子の使いの方が参られましたわ。」
ミラの背後から、見覚えのある紋章を纏った騎士が、緊張の面持ちで一歩前へ出た。
その手には、豪華な装飾が施された招待状が握られている。
「……北の賢者、アルド殿とお見受けする。私は南の王太子殿下の名代として参った。……先日の『御教授』、殿下は深く感銘を受けられ……ぜひ一度、アルド殿とそのご家族を、我が国の『霊樹の祭典』に国賓としてお招きしたいとの仰せだ!」
南の王太子。
先日、アルドが「リナの婚約者」の見極め(肉体言語)でボコボコ……いえ、稽古をつけた相手である。
どうやらあの時のアルドの規格外の力は、南の国で「伝説の賢者」の再臨として解釈されてしまったらしい。
「ええっ!? 俺が、国賓……?」
アルドが目を丸くする。
「お兄さん?『ご教授』って?王太子様に何かしたの?」
リナが、ベラドンナのような威圧がある笑顔でアルドに問いかける。
「あははっ……えっと……それは、」
アルドはリナへの言い訳を必死に考える。
笑顔まで姉に似なくてもいいのにと、思いながら。
ミラは扇で口元を隠して
「ふふふ、これこそワタクシの描いた『全土統一』への完璧なシナリオですわ……」と密かに野望を燃やしている。
アルドは少し困ったように頬をかきながら、リナや、カイルの顔を見て、使者団に告げた。
「……皆で行ってみようか。……南の国へ!」
「あーー!お兄さん、誤魔化した!」
リナの苦言が木霊する。
北の雪解けと共に、一家の物語は次なる舞台――緑豊かな南の大地へと向けて動き出す。
不変の兄と、成長を誓う勇者。
そして恋する魔王と聖女たちの旅路は、次の物語へと続いていくのだった。
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