【幕間:剣聖の休日、南への極秘遠征】
北の聖域、その朝はあまりにも平和すぎた。
「マスター、今日の薪割りは某が済ませておいた。新しい刀『薄墨』の鳴らし込みに丁度良かったゆえな」
「あ、ありがとう、シオンさん」
「お兄さん! 狩りは俺が行ってくるよ。黒曜と一緒に、一番いい獲物を仕留めてくるからさ!」
「……気をつけてね、カイル」
さらに、溜まった洗濯物に手を伸ばせば。
「ダメだよお兄さん! 掃除と洗濯は私の担当。お兄さんはいつも頑張ってるんだから、今日くらいは座ってて!」
リナにまでピシャリと「仕事」を取り上げられ、アルドは手持ち無沙汰にログハウスの縁側に座り込んだ。
(……やることが、なくなっちゃったな)
いつもなら「お掃除(魔物退治)」や薪割りで一日が過ぎるが、今日に限っては皆が甲斐甲斐しく働いてくれている。
ぼんやりと南の空を眺めるアルドの脳裏に、昨日のティータイムの光景が蘇った
ふと、昨日聞いた「リナの婚約」という言葉が、アルドの胸をざわつかせた。
アルドにとって、リナは大切な家族だ。それをどこの誰とも知れない男に任せられるか……。
(よし、ちょっと様子を見に行こう。南の王太子さん、どんな人なんだろう)
アルドは腰に、村人の護身用にしては無骨すぎる一振りの剣――聖剣『星凪』を差し、誰にも言わずこっそりとログハウスを抜け出した。
アルドにとって、北から南までの距離など、少し隣の村までお使いに行くようなものだ。
風のように山を越え、谷を抜け、彼は南の大地へと足を踏み入れた。
そこでは丁度、南の騎士団が凶悪な魔獣の群れに包囲され、絶体絶命の危機に陥っていた。
「まだだ!皆、諦めるな!!」
先頭に立って剣を振るうのは、輝く金髪をなびかせた青年。
アルドは戦場のど真ん中へ、まるで近所の散歩道に迷い込んだような足取りで近づき、青年に声をかけた。
「あの、すみません。ちょっとお尋ねしたいのですが……」
「なっ!? 君、危ない! 下がっていなさい!」
青年が叫ぶが、アルドは構わず話を続ける。
「この辺りに『王太子』さんという方がいらっしゃると聞いたのですが、ご存知ありませんか?」
「……私が、この国の王太子だが。……君、一体どうやってこの魔獣の包囲網を?」
青年――南の王太子が驚愕して固まる。
アルドは「ああ、よかった」と安堵の表情を浮かべた。
「あなたが王太子さんでしたか。ちょうど良かった! ……実は、うちのリナ……あ、リナを任せるに足りる方かどうか、確認させて欲しくて来たんです」
「リナ……!? 確認? ちょっと待ってくれ、話の整理をさせてくれないか! なぜ君がリナ嬢の名を……そもそもこの魔獣の群れはどうするつもりだ!?」
「ああ、お掃除ならすぐ終わりますから」
アルドは腰の『星凪』をすらりと抜いた。
ただの村人が持つには不釣り合いなほど美しく、神々しい輝きを放つ刃。
アルドがそれを軽く一閃させると、王太子を苦しめていた魔獣たちが、まるで春風に吹かれた枯れ葉のように、一瞬で塵となって消え去った。
「…………え?」
王太子が絶句する。
アルドは剣を納めると、改めて深々と頭を下げた。
「お騒がせしました。俺は、北の村で暮らしているアルドといいます。リナの……まあ、兄のようなものです。今日はあなたの『薪割り(実力)』を見せていただこうと思いまして」
「北の、アルド……。まさか、あの……。いや、それより君、今さらっと何千という魔獣を消し飛ばしたな!?」
ここから数時間。
南の国境付近では、混乱する王太子と、真面目に「リナを任せられるか」の面接(物理)を開始するアルドの、噛み合わない激闘……もとい「抜き打ち稽古」が繰り広げられた。
夕暮れ時。
ボロボロになりながらも、アルドの規格外の剣技を目の当たりにし、新たな世界を開かれたような顔をしている王太子を後に、アルドは満足げに北へ戻った。
(うん、根性はありそうだな。少し鍛えれば、リナを守れるくらいにはなるかもしれない)
鼻歌まじりにログハウスに戻ると、そこには鬼のような形相のミラ、心配で泣きそうなリナ、そして抜剣しかけているシオンとカイルが待ち構えていた。
「「「「アルド様(マスター/お兄さん)!! どこへ行っていたのですか!!」」」」
「あ、ハハハ……。ちょっと、散歩にね」
アルドの隠密(?)行動は、南の国に「最強の兄」の伝説を刻み込み、王太子の人生観を180度変えてしまうという、とんでもない騒動となって幕を閉じるのだった。
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