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後方腕組み師匠面(ししょうづら)しているだけの俺が、実は世界最強の剣聖だった件  作者: 街角のコータロー
2章 北限の聖域

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【幕間:筋肉と知性と、優しい眼差し】

アイゼンベルク辺境伯邸の裏手に広がる修練場。


そこでは、邸に仕える男たちと、一人の少年による「男の談義」が白熱していた。


「いいかカイル! おとこを語るなら、まずはこの広背筋だ! 筋肉こそが全てを解決し、筋肉こそが女を惚れさせる最強の武器なんだぜ!!」


 上半身を脱ぎ捨て、黄金に輝く筋肉を誇示するのは、人間の姿をしたゴルドだ。普段のオーガキングとしての巨躯ではないが、その体は鋼を練り上げたような威圧感を放っている。


「は、はあ……。筋肉ですか……。でも俺、あんまりムキムキになりすぎると、動きが鈍くなるんじゃ……」


「馬鹿言え! 圧倒的な質量は速度をも凌駕する! ほら、この上腕二頭筋を触ってみろ、岩より硬いぜッ!」


 ぐいぐいと迫るゴルドの圧に、カイルは苦笑いしながら後ずさる。


そんな光景に、冷静な、けれどどこか棘のある声が割って入った。


「……やれやれ、これだから脳まで筋肉でできている方は困ります。ゴルド殿、貴殿の理論は前時代的もいいところですな」


 端正な眼鏡を指先で上げながら現れたのは、知的な青年の姿をしたゼクスだ。


「なんだとゼクス! テメェ、俺様の自慢の筋肉にケチつける気か!?」


「ケチではなく、客観的な事実を述べているのです。近年のトレンド、特に女子ウケを考慮するならば、今は『知的男子』の時代。膨れ上がった筋肉よりも、洗練された知識と、眼鏡の奥から覗く冷徹なまでに冷静な瞳……。これこそが、女性の心を射止める魔法なのですよ」


 ゼクスは手にした魔導書をパタンと閉じ、カイルに向かって言い放つ。


「カイル殿、強くなりたいのなら、筋肉を鍛える前に計算式を覚えなさい。敵の重心を瞬時に演算し、最小限の力で最大効率の打撃を与える。……それこそが、スマートでモテる男の戦い方です」


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 二人とも、俺にどうしろって言うんですか!」


 「筋肉だ!」「知性です!」と、カイルを挟んで言い合いを始める二人。


カイルは左右から飛んでくる極端なアドバイスに目を回し、助けを求めるように、少し離れた場所で丸太に腰掛けている人物を振り返った。


「お兄さん! 二人が無茶苦茶言うんですけど……助けてください!」


 呼ばれたアルドは、その光景を腕組みしながら、なんとも幸せそうな微笑みを浮かべて見つめていた。


「ははは、賑やかでいいじゃないか、カイル。二人とも、君のことを思って言ってくれてるんだよ」


「いや、そうなんですけど……お兄さんは、どっちがいいと思いますか!?」


 アルドは少し考え、立ち上がるとカイルの隣まで歩いてきた。


そして、少年の細いながらも引き締まった肩に、優しく手を置く。


「そうだね。……俺は、どっちも大事だと思うけど、一番大切なのは『誰かを守りたい』っていう気持ちじゃないかな。重い薪を運ぶためには力が必要だし、美味しい料理を皆に食べてもらうためには、どのくらい火を熾せばいいか考える知恵が必要だ」


 アルドは、いつもの村人としての、けれど誰よりも深く「人」を愛する瞳で語りかける。


「カイルが一生懸命誰かのために頑張っているなら、筋肉があってもなくても、眼鏡をかけていてもいなくても、きっとその姿は格好いいと思うよ。俺は、今のカイルのままでも十分立派だと思ってるけどね」


「お兄さん……」


 カイルの胸に、すとんと温かいものが落ちる。


筋肉でも知性でもなく、ただ「君はそのままでいい」と肯定してくれる存在。


その言葉が、少年にとって何よりの勇気となる。


 それまで言い合っていたゴルドとゼクスも、アルドの言葉に毒気を抜かれたように顔を見合わせた。


「……ケッ。アルド殿にそう言われちゃ、俺様の筋肉自慢も形無しだぜ」


「……左様ですな。アルド殿の仰る通り、『誰がために振るう力か』。それが抜けておりました」


 三人の猛者が、一人の村人の言葉に納得し、頷き合う。


その様子は、世界最強の戦士たちとは思えないほど、穏やかで馬鹿馬鹿しく、そして尊いものだった。


「よし、じゃあカイル。修行の続きの前に、おやつにしよう。今日はミラさんがお菓子作りを頑張ってるみたいだからね」


その瞬間、ゼクスの眼鏡が鋭く光った。


いや、正確にはその奥の瞳が、恐怖に激しく揺れ動いた。


「……け、計算外だ……。ミラ様が、調理器具を手に取るなどという事象は、私の予測モデルに含まれておりませんぞ……。あの方の料理は、ことわりの外側にあるもの……。素材の性質を完全に無視し、未知の暗黒物質へと昇華させてしまう……ッ!」


 ゼクスは額の汗(?)を拭い、灰色の頭脳をフル回転させ始めた。


「……待て、落ち着くのですゼクス。生存確率は……コンマ以下。いかにしてこの胃袋の崩壊を回避しつつ、ミラ様の機嫌を損ねずに切り抜ければ……。致死量を分散させるためにゴルド殿の皿へ転送するか? いえ、ミラ様の眼力からは逃げられない。くっ、これこそが今日最大の試練……!」


 知性派を自称するゼクスが、かつてない必死さで「撤退ルート」を模索している横で、何も知らないアルドは「楽しみだね」とのんびり微笑んでいる。



「えっ! ミラ様が!? ……お、お兄さん、それは色んな意味で覚悟が必要かも……」


「ガハハ! それこそ筋肉で胃袋を鍛えとくしかねぇな!」


 笑い飛ばすゴルド、絶望に脳を回すゼクス、そして戦々恐々とするカイル。


 男たちの絆は、ミラの「愛の爆弾(お菓子)」という最大の危機を前に、図らずもより一層深まっていくのだった。



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