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人の婚約破棄は蜜の味!貧乏男爵令嬢の稼ぎ方  作者: キモウサ


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第五話:取材なら、しょうがないです

 それから数日後。

 新聞部のプチ宮殿もどきの部室は、戦場みたいになっていた。


「20部、追加予約、また入りました!」

「劇場から、特集号に名前を載せたいって返事が来てます!」

「香水店リュシエンヌから、紹介枠をもう少し大きくできないかって相談が!」


 部員たちが豪華な廊下を走り回り、姫部屋のようなユーラ先輩の編集長室は、ひっきりなしに人の出入りが続いている。

 こちらから手紙を出していなかった店が、ぜひうちも名前を特集号に載せたいと、交渉に来ているのだ。


 そんな慌ただしい中、会議室に部員が集められた。

 なにやら大事な話があるってことだけど、なんだろう?


 部員たちが注目する中、にこやかに手を振りながら現れたユーラ先輩は、両手を腰に当てて高らかに宣言した。


「みんな、特集号の増刷決定よ! 追加予約がすごーいの!」


 それを聞いて、プチ宮殿もどきの部室が揺れそうなほど、部員たちは歓声を上げた。

 上げまくった。


「やったー!」

「すごいすごい!」


 婚約破棄・特集号は、まだ販売されていない。

 でも、予約が入り続けているのだ。

 つまり、売れに売れている。


 いや、売れたなんてものじゃなかった。

 ユーラ先輩の報告によると、次号の話まで出ているというから、本当にすごい。


 私も、部員のみんなと喜んでいると、ユーラ先輩に編集長室に来るように言われた。

 皆が大騒ぎしている中、そっと抜け出して編集長室に行くと、すでにユーラ先輩が、にこにこ顔で待っていた。


「リュシーちゃんのおかげで、予算がぐっと増えたわ。だ・か・ら、原稿料、ちゃんと上乗せしておいたわよ」


 そう言って、私の手のひらに、小さな革袋を載せてくれた。

 でも、この革袋、ずっしり重い!


「――重い!? これって、お金ですか?」

「ぷっ! もう、リュシーちゃん、面白すぎ! 確認してみたらどう? 小石かもしれないものね」


 そうユーラ先輩に言われて、恐る恐る革袋を開いてみると、金貨と銀貨が混じって入っていた。


「き、金貨!?」


 まさか、こんなに原稿料をもらえるとは思ってもみなかった。

 これなら、父さんの役に、少しは立てるかもしれない。


「ユーラ先輩……ありがとうございます」


 そう言って、片足を後ろへ下げ、腰を落とし、深々と頭を下げる私に、ユーラ先輩は笑いながら言った。


「あら、お礼を言うのは私のほうよ。リュシーちゃんのおかげで増刷がかかるまでになったんだもの。ありがとう」


 その日のうちに、私は父へ送る手紙を書いた。

 もちろん、もらった原稿料は全額送金した。


「領地を立て直すのには、まだまだお金が必要よね。よし、頑張ろう!」


※※


 さらに数日後の午後。

 私はフリード先輩と一緒に、王都の印刷所へ向かった。


 婚約破棄・特集号に注文が殺到してしまい、配達に手が回らなくなっているのだ。


 なので、大量注文してくれた王都の読者へは、新聞部の部員が手分けして、直接配達することになったのだ。


 今日、私たちは、貴族のご婦人方が読書会で読む特集号を届ける予定だ。

 フリード先輩が一緒だから大丈夫だとは思うが、マナーで失敗しないかと不安だ。


「――リュシー君、もしかして緊張してる?」


 向かいの席で、フリード先輩が穏やかに尋ねてきた。


「実は少し……。田舎者なのでマナーで失敗しそうで……」

「大丈夫だよ。君はちゃんとできている」


 そう励ましてくれたけれど、全然、大丈夫じゃない。


 印刷所に着いて建物の中に入ると、インクと紙の匂いが、ふわりと鼻をくすぐる。

 職人さんたちが、なにやら忙しそうに行き来し、壁に沿って積み上げられた紙束は、白い城壁みたいだ。

 倒れてきたら、押しつぶされそう。


 その白い城壁の一角に、婚約破棄・特集号が重ねて置かれていた。

 深い青の表紙に、真紅の文字。

 表紙には悲しげな令嬢の顔が描かれている。


 そして、タイトルは――『婚約破棄・特集号』


「……本当に、小冊子になってる」


 そっと一冊を手に取る。

 高級紙はなめらかで、指先が心地よい。表紙は印刷所の窓から差し込む光を受けて、上品に輝いている。

 これが、私たちの作った小冊子……。


「いい出来だね」


 隣でフリード先輩も特集号を手に取って、めくっている。


「巻末付録の協力店リストも、読んでいて楽しいね」

「本当ですか?」

「ああ。僕はそう思う」


 その言葉に、私は胸をなで下ろした。

 なんとかフリード先輩に認めてもらえるものができたようだ。


 私がフリード先輩と話している間にも、印刷所の人たちが特集号を木箱に詰めてくれる。

 今日は、この増刷分の一部を、貴族夫人たちの読書会へ直接届けないといけない。


 今日の予定が頭に浮かぶと、反射的にちらりと隣のフリード先輩を見てしまう。

 今日の先輩も、制服をそのまま着ているだけなのに、なぜか上品でかっこいい。

 私とは大違いだ。

 

 私も制服をそのまま着ているだけなのに、なぜか垢抜けなくて、野暮ったい。


 ……こんな私が配達とはいえ、読書会を開くくらい流行に目ざとい貴婦人の皆さんを訪ねてもいいものだろうか?


 急に不安になってきた。


「フリード先輩、私、馬車で待ってます。御者に手伝ってもらって、特集号を運んでもらってもいいですか?」


 急にそんなことを言い出した私に、フリード先輩は訝しげな目を向ける。


「どうしてだい? 君を執筆者の一人として紹介しようかと思っていたんだけどね」

「そんなの……無理です!」


 無理無理、絶対に無理!

 

 こんな田舎臭いのが、しゃしゃり出たら、特集号の価値まで下がるかもしれない。

 でも、フリード先輩に、なんと説明すればいいのだろう……。


 口ごもっている私を見て、フリード先輩はなにか考えたようだ。


「今日の読書会に出席されるご婦人方はね、実は、この王都で流行を生み出すグループとして有名なんだよ」

「はあ、凄い方たちなんですねぇ……」


 そんなすごい人たちなら、なおさら会えない。

 やっぱり、フリード先輩だけに行ってもらおう。


「もし、彼女たちに認められたなら……」


 フリード先輩が会話の途中で、わざとらしく間をとるので、気になって思わず先輩を見上げてしまった。


「認められたなら……どうなるんです?」


 妙に楽しそうな、いたずらを考えているような顔をした先輩は、私と目が合うと、バチリとウインクしてきた。


「パン、千個……いや、一万個以上のパンが買える原稿料が、次号ではもらえるかもしれないよ?」


 は? パンが一万個は買える原稿料……。

 ちょっと、パンの数がすごすぎて、どのくらい大きな金額なのか分からないけれど、間違いなく父の助けになる!


「さて、どうする? 僕なら思い切り愛想を振りまくけどね」

「や、やります! もう愛想でも尻尾でも、なんでも振りますよ!」

「いいねぇ。じゃあ、今日は二人で愛想を振りまこう。君のパンのためだからね、僕も頑張るよ」


 なぜかフリード先輩が私のために頑張ると言ってくれている。

 もしかして、うちの領地が金銭的に厳しいことを知っているのかもしれない。


 読書会を主催するご婦人方との面会は、思っていたよりずっと穏やかに終わった。

 貴婦人方は、婚約破棄・特集号を手に取ると、本文だけではなく、巻末付録の協力店リストまで目を通してくれた。


「まあ! この劇場、次は婚約破棄物をやるのね。楽しみだわ」

「この香水、名前が凄いわよね。『真実の愛』ですって、気になるわね」


 読書会に参加されていたのは、いかにも流行を作り出しそうな、きらびやかな方々だった。

 私は地味すぎて完全に浮いていた。

 けど、皆さん、優しく接してくださったので、にこやかに質問に答えるだけでよかった。


 なにより、フリード先輩が前面に出てくれて、貴婦人たちのお相手をしてくれたので助かった。

 いやー、フリード先輩、ほんとすごい。

 貴婦人の皆さんが、フリード先輩に釘付けで、うっとりしていたからね。


 

 帰りの馬車の中、なんとか大役を果たせた私はもう疲れ切っていた。


「そうだ、リュシー君。次号の取材先なんだけど……」

「もう次の話ですか?」

「君の記事は人気だからね。実は、この王都には、実際の婚約破棄の舞台になったレストランがあるんだ」


 婚約破棄の舞台になったレストラン!

 まさか、そんな場所があるなんて知らなかった。


「そこで当時の話を聞けるかもしれない。よければ今度、一緒に取材に行かないか。ついでに食事もして、料理の紹介も書くといいんじゃないかな」


 確かに、現場を取材して書く記事は、読者から喜ばれそうだ。

 でも、そこに行くのは私一人じゃないよね? まさかフリード先輩も?


「フリード先輩も取材に同行されるのですか?」

「ああ。もちろんだとも。だって、取材だろ?」


 フリード先輩は、楽しげに笑った。


「取材……なら、しょうがないですね……」

「そう、しょうがないよね。楽しみにしているよ」


 そう言うフリード先輩には、やっぱりゴージャスな銀狐のような存在感があるけれど、そばにいても緊張はしなくなっていた。


 どうやら私の毎日は、いろいろと忙しくなりそうだ。


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