第四話:これは褒め殺し?
「――発想は面白いと思うんだ。ただ、特集号そのものが安っぽく見えないだろうか?」
フリード副部長が、私の案に反対意見を述べてきた。
やはり、私のような貧乏令嬢が、お金欲しさに考えた案なんて、彼の高貴な基準を超えられないのだ。
次期公爵様から見ると、これは品のない金儲けに見えるのだろう。
でも、ここで引いたら原稿料の増額がなくなる!
なんとかフリード副部長を説得しなくちゃいけない。
特集号自体が安っぽく見えることを心配しているなら、高級感を保てる案を出そう。
でも高級感を保つのって、どうすればいいのだろう!?
貧乏男爵令嬢とは縁遠い話に、頭がうまく回らない。
なにも思いつかないまま、私はフリード副部長へ答え始めた。
「フリード副部長のおっしゃることも……もっともだと思います……高級感は……大事ですよね……」
適当に答えながら、時間を稼ぐ。
高級感、高級感、なにかないかな……。
今の私が高級感といって思いつくものといったら、学院の授業で習った招待状の書き方くらいだ。
王都の茶会の招待状には、ただ「お茶を飲みに来てください」とは書かないと習った。
「初夏の薔薇を愛でる午後」だとか、「金木犀の香る庭先での小さな集い」と茶会に名前をつけ、同じ茶会でも上品な催しに見せるそうだ。
そういえば、私の父も同じことをしていたなあ。
父が、領地の蜂蜜を知人に贈るとき、添え状に「うちで採れた蜂蜜です」とは書かず、「初夏の一番咲きの花蜜」と説明していた。
同じ蜂蜜なのに、少し説明をお洒落に添えるだけで特別感がでる。
――あれ? これって今の状況と似てるよね。
店の名前だけを並べるだけだから、安っぽく見えるのでは?
だって、それじゃあまるで、新聞の予約客リストと変わらない。
花の蜜に習って、その店らしい品のいい一文を添えればいいんじゃないだろうか。
これでフリード副部長を説得できるかわからないけど、言ってみるしかない。
「お店の名前だけではなく、そのお店らしい上品な一文を添えてはどうでしょうか。これなら高級感も保てますし、読み手にも、どんなお店なのか伝わりやすくなります」
なぜか会議室が静まり返った。皆が私を見ている。
あれ? 上手く伝わらなかった?
あわあわしていると、フリード先輩が小さく、ふっと笑った。
「面白い、実に面白い。君のその奇抜な発想は、どこから来たんだい? 王都の商会で似たようなものを見たのかな?」
うわあ! フリード副部長! なんでそんなこと聞くのよ!
今、一番、私が聞かれたくないことだ。
だって答えが、学校の授業と父親の手紙なんだもの。恥ずかしすぎる!
「ええと……授業で習ったお茶会の招待状の書き方と、父が贈り物につけていた添え状から思いつきました……」
「授業と、添え状?」
もう死にたい……。
でも、これは会議だ。しかも私の原稿料にかかわる大事な会議なのだ。
死んでも勝ち取らねばならないものがある!
私は覚悟を決めて、説明することにした。
「お茶会の招待状も贈り物の添え状も、ただ用件や品名を書くより、気の利いた一文を添えると価値が上がったように感じるんです。例えば、ただの花の蜜より、初夏を彩る花蜜……とか」
また会議室が静まり返った。みんなの視線が私に集中しているのが分かる。
こんな立派な会議室で、公爵家の嫡男様を前に、授業で習った茶会の招待状の話や、田舎の貧乏男爵が贈り物につけた添え状の話をするなんて……。
ものすごく場違いだ。笑われて、馬鹿にされても仕方ない。
でも、フリード先輩は笑わなかった。
「誰もが目にすることから、君は自分の考えを生み出したんだね。立派なものだ」
あれ、褒められてる?
いやいや、これは貴族特有の褒め殺しというやつでは……?
「いえ、そんな立派なものでは……」
「いや、立派だよ」
フリード先輩がそう言うと、ユーラ先輩まで同じことを言い始めた。
「ふふっ、リュシーちゃん、フリードの言うとおりよ。あなた、立派だわ。さすが、私が見つけてきただけのことはあるわね!」
ユーラ先輩のおどけた言い回しに、幹部の皆さんも和んだらしく、うんうんと頷いてくれている。
困ったな……褒められ慣れてないので、なんと言っていいのか分からない。
そんな私を尻目に、フリード先輩が話を進めた。
「では、後援をお願いする手紙の文面を考えないといけないね。高級店に送るのなら、失礼のない言い回しが必要だよ」
「フリード、あなたに頼むわ! ずっと部活動を休んでたんだから、ここらで役に立ってちょうだい」
「部長のおおせのとおりに……」
やれやれ、ようやく会議が終わったと気を抜いていたら、ユーラ先輩から仕事を振られた。
「そうだ、リュシー、あなたも発案者としてフリードと一緒に考えてちょうだい! じゃあ、これで編集会議は終了よ! お疲れ様!」
ユーラ先輩は、私にウインクをすると、そのまま会議室を出ていってしまった。
他の幹部の皆さんも、がやがやと互いに話しながら出ていく。
そして、会議室には私とフリード先輩だけになってしまった。
え? 二人だけ?
待って、待って! どうすればいいの、この状況。
居心地悪いんですけど。何話していいか分からない……。
私とは逆に、フリード先輩はまったく平気のようだ。
紙に向かって、さらさらと羽根ペンを走らせている。
「手紙の文面を考えてみたんだけど、こういう形でどうかな」
差し出された紙には、流れるような美しい文字で婚約破棄・特集号の説明が書かれていて、文末にはこんな一文があった。
『本特集号の趣旨にご賛同くださる諸店の御芳名と紹介文を、巻末にてご紹介させていただきたく存じます』
フリード先輩の文が目に入ったとたん、今まで感じていた居心地の悪さは吹き飛んだ。
美しい筆跡だし、とても上品な表現だ。
失礼なところは一つもない。
でも、これって……。
「あの、これでお店の方が、お金を払いたくなりますかね?」
あああ! またやってしまった!
ついつい、思ったことが口から出てしまった。
フリード先輩の微笑んだ口元が、ピクリと動いて、そのまま固まった。
私は慌てて、目の前で両手を振った。
「違うんです、違うんです! 失礼なことを言うつもりは全然なくて……でも、これだと、お店の方は『名前を載せてもらえる』ことは分かっても、『だからお金を出そう』とは思いにくい気がするんです」
私がそう言うと、フリード先輩は表情を固まらせたまま、目を大きく見開いた。
やっぱり美男子って得だな。どんな表情でも趣があるというか、かっこいい。
それに、今はフリード先輩の瞳がよく見える。
冬の朝の空みたいな青灰色……。やっぱり、綺麗な色だ。
「――こほん。では、君ならどう書く?」
いけない、いけない。フリード先輩の目の色に見とれていた。
「私でしたら、お店の方に分かりやすいように、例文を載せます」
私はフリード先輩の書いた文の下に、ササッと書き足した。
――アルフレッド宝石店。貴女の秘密を知っているのは、宝石だけ。
――グレイス香水店。香りは貴女の本心をそっと伝える……。
「こういう風に、紹介文の事例を挙げると分かりやすいと思うんです」
フリード先輩は、しばらくその文面を見ていた。
この沈黙、かなり怖い……。
やっぱり、安っぽいと思われただろうか。
怒られるか、嫌味を言われるのではないかと思っていたのに、フリード先輩の反応は、まったく違った。
大きくため息をついたのだ。
「はぁぁぁ……」
「え? あの、フリード先輩?」
やっぱり私の安っぽい案は、大きくため息をついてしまうほど、酷いものなのだろう。
さっさと謝っとこう。
「えーと、その、酷い案で、すみません」
「違う! そうじゃない!」
謝り方が甘かったのかと思い、ここはひとつ、格式高く謝っておこうと思い、片足を後ろに引いて、腰を低く落とそうとしたら――。
「君に……嫉妬してしまったんだ……なんで僕は、こういう素晴らしい案を思いつけないのかと思ってね……」
「はぁ……ありがとう……ございます?」
ええ? 嫉妬? この私に?
次期公爵様が貧乏男爵令嬢に嫉妬とか、新手の嫌味かな?
でも、フリード先輩を見ると、顔を悔しそうに歪めている。
歪めていてもかっこいい。むしろ悲劇の主人公っぽくて良い。
「君の案でいこう。どれ、僕も君を見習って、例文を考えてみよう」
そう言うと、フリード先輩は、依頼文の文面を考え始めた。
もし、この依頼の手紙で特集号に名前を載せたいという店が集まれば、ユーラ先輩は予算的に楽になるだろう。
そして、もしかすると、私の原稿料も増えるかもしれない。
そう考えると、フリード先輩のことを怖がってばかりはいられない。しっかり働いてもらわないとね。
あれ? 私、ユーラ先輩に似てきちゃってるかも。




