第三話:特集号、出ます
「はぁ……。予算が足りなくなるかもしれないわね……」
私の目の前でユーラ先輩が難しい顔で、ため息をついている。
「紙とインクの質は落とせないわ……どうしようかしら……」
ここは宮殿のお姫様のお部屋――ではなく、編集長室だ。
高い天井からは、透明な花を束ねたような照明が下がっている。
白と金でまとめられた壁、分厚い白い絨毯、ふかふかの長椅子。
小さな茶会ならそのまま開けそうな丸テーブルまである。
どう見ても、編集長室というより、お姫様の部屋にしか見えない。
でも、その優雅な机の上には、原稿用紙や名簿、それに数字の並んだ見積書が、山のように積まれている。
もう正直、豪華過ぎて怖い……。
私が怯えてしまうほど豪華な部屋で、話している内容は紙代と印刷代なんだものね。
現実って、なかなか遠慮がない。
原稿の下書きができたので、編集長であるユーラ先輩に見てもらおうと来てみたら、先輩は予算のことで頭がいっぱいになっていましたという流れ。
予算がギリギリってことは、もしかして私の原稿料が減額……なんてことにならないよね?
「部数がもっと伸びれば余裕だと思うんだけど、今すぐには無理ねぇ……余裕があれば、リュシーちゃんにも、もっと原稿料はずめるんだけど……」
無理っぽく首を振ってみせるユーラ先輩を励ますこともなく、私の頭はあることに集中していた。
原稿料がもっともらえる?
予算に余裕があれば?
少し眠かった頭が、がぜん働き出した。
部数を今以上に伸ばすのは無理だとユーラ先輩が言っているから、それは本当なんだろう。
それに一部金貨10枚で販売するというのも変えられない。
すでにその値段で予約を受け付けているから無理だ。
となると、他に予算が増えるような手はないものだろうか……。
ユーラ先輩が手にしている紙を見る。
今回、使う予定の高級紙のサンプルだ。
紙は正直、貴重品だ。
私も一応、貴族の端くれとして、子どもの頃から紙を使っているけれど、庶民は紙を使うことは稀だ。
父の領地でも、屋敷以外では紙などほとんど見なかった。
いや……教会で見たことがある。
教会といっても、貧乏男爵の領地にあるような小さな教会だ。
紙などほとんど使っていなかった。
その例外ともいえるのが、年に一度、年末に開かれる聖夜の集いだ。
神を讃え、一年を無事に過ごせたことを感謝する集まりなのだけど、そのときに地域の人たちが教会にお金や物を寄進するのだ。
教会は入口の横に寄進者の名前を書いた紙を貼り出す。
だいたい寄進をする人は、それなりに裕福な人なんだけど、なぜか寄進者の中に仕立て屋のマルタおばさんの名前もあった。
小さな仕立て屋を営むマルタおばさんは、旦那さんが農家で、その畑仕事を手伝いながら、合間に仕立て仕事を請け負っていた。
だから、それほど裕福ではない。
なので、おばさんの名前を発見したとき、私はびっくりした。
「マルタおばさん、すごい! 教会に寄進したんだ」
まだ幼かった私は、一歩間違うと失礼なことを平気で本人に聞いた。
聞かれたマルタおばさんは照れくさそうに笑って、小声で私にだけ聞こえるようにこう言ったのだ。
「あそこに名前が載れば、村の人は『マルタは信心深くて、いい人だ』と思ってくれるだろう? そうしたら、祭りの服の直しを頼まれるかもしれないじゃないか」
あのときは、聞いてもマルタおばさんの考えが分からなかった。
でも成長した今なら分かる。
寄進者のリストに名前を載せることで、マルタおばさんは自分の評判を上げ、客を増やしたかったのだ。
あれ? これって……。
「紙……名前を載せる……評判上がる……客が増える……! ユーラ先輩!」
「な、なによ? 急に大声出して」
「特集号の紙面に、名前を載せましょう!」
「んん? 名前? どういうこと?」
私は、ユーラ先輩に説明しようと、今思いついたことを必死に頭の中で整理した。
教会の寄進者リストに名前が載れば、その人や店の評判が上がる。
だったら、『婚約破棄・特集号』にも同じことができるのではないだろうか。
読者は、婚約破棄をしたい人ではない。
いや、中には参考にしようと思って読む人もいると思うけどね。
だいたいは婚約破棄の話を読んで、楽しみたい令嬢やご婦人方だ。
だったら、その人たちに売りたい店を載せればいい。
ドレスメーカー、宝石、香水、菓子なんかもいけるだろう。
それから、婚約破棄物を上演している劇場、婚約破棄小説を扱う書店、出版社、人気作家の新刊案内も人気がありそう。
読者が欲しがりそうなものを、読者の目に入る場所へ置く。
そして、その場所代をもらう。
……いける気がする!
そして、新聞部にお金が入れば、私の原稿料も増えるかもしれない。
いや、増えてほしい。
ものすごく増えてほしい。
だから、なんとしてもユーラ先輩に私の考えを理解してもらわなきゃ!
ただ、ユーラ先輩はすでに似たようなことをやっている。
私が書いた書評や紹介文で扱った本を、すぐに注文できるようにしていたはずだ。
その応用だと説明すれば分かってもらえるだろう。
結果からいうと、ユーラ先輩は頭がよかった。
いや、商才があると言ったほうがいいのかも。
私がすべてを説明する前に、完全に理解してくれ、私に抱きついてきた。
「リュシーちゃーん! あなた、天才! それよ、それ! さっそく編集会議を開くわ!」
ユーラ先輩の動きは早かった。
本当にすぐ会議を開いたのだ。
すぐ、というのは比喩ではない。
編集長室の前の廊下を、たまたま歩いていた部員たちに声をかけ、新聞部の幹部を会議室へ連れてくるように頼み、ついでに通りがかった使用人にお茶とお菓子を頼んだ。
侯爵家のご令嬢というのは、行動力まで豪華なのだろうか。
「そうだわ、フリードにも来てもらわないと。留学で留守にしてたんだから、しっかりこき使わないとね」
「フリード先輩も……ですか」
私は思わず、やっかいだなと思ってしまった。
もちろん、編集会議にフリード先輩が出席するのは分かっていた。
なんといっても副部長なのだ。
でも、あのゴージャスな銀狐みたいな公爵家の嫡男様が、私の思いつきをどう見るのだろう。
特集号に、お金を取って店の名前を載せるという案は、フリード先輩からみたら、田舎臭い貧乏男爵家の令嬢が考えた品のない、安っぽいものに見えるかもしれない。
反対されたら、どうしよう……。
この案には私の原稿料の割増がかかっているのだ。
でもフリード先輩に反対されたら、上手く説得できる自信がない。
不安だ……。
会議室は編集長室ほど甘い雰囲気はないけれど、新聞部の部屋とは思えないほど豪華だった。
長い楕円形の机は磨き上げられていて、壁には金の縁取りがされた書棚が並んでいる。
背もたれの高い椅子も、私がうっかり傷をつけたら原稿料が消えそうだ。
いや、逆に借金を背負ってしばらく原稿料なしでタダ働きになりそうだ。
私は気をつけて、そっと席に座った。
急遽、会議室に集められた新聞部の幹部たちも、さすがにユーラ先輩に鍛えられているだけあって、全員そろっていた。
もちろん、フリード先輩もいる。
「みんな、朗報よ! 予算が増えるかもしれないわ!」
ユーラ先輩がそう宣言した瞬間、会議室がどっと湧いた。
「『婚約破棄・特集号』の価値を上げながら、ついでに、お金も入ってくる案なのよ。こんな凄いことを考えてくれたのは――リュシーちゃんでーす!」
突然、名前を出されて、私は椅子に座ったまま小さくなった。
みんなが拍手してくれている。注目されて、恥ずかしいよ。
ユーラ先輩が、私の案を説明してくれる。
『婚約破棄・特集号』の巻末に、特集号に賛同してくれる店や劇場、出版社の名前を載せる。
そして、その代わりに掲載料という形でお金をもらう。
さすがユーラ先輩。説明に漏れがないし、なにより分かりやすい。
幹部の一人が、予約名簿を見ながら提案をしてくれる。
「読者層は、貴族令嬢と若い夫人方が中心ですよね。書店、劇場、宝石店あたりは、相性がよさそうじゃないですか?」
ユーラ先輩が、にこりと笑顔を見せる。
「そうね、ドレスや香水、それにお菓子なんかもいけそうよね!」
他の幹部たちも、うんうんとうなずいてくれている。
どうやら、私の案は受け入れられたようだ。
けれど、ここで反論をする人がいた。
「――発想は面白いと思うんだ。ただ、特集号そのものが安っぽく見えないだろうか?」
ああ、やっぱり!
それはゴージャス銀狐、フリード副部長だった。




