敗北の記憶
それは、“自分”だった。
顔も、声も、立ち方も。
すべて同じ。
ただ一つ違うのは――
その目に、何も残っていないことだった。
⸻
「……あなたが」
言葉がうまく出ない。
⸻
「未来の、私」
⸻
「うん」
あっさりと肯定される。
⸻
「で、君は過去の私」
未来のアズサは、わずかに首を傾けた。
⸻
「毎回ここで同じ顔するよね」
⸻
その言葉に、背筋が冷える。
⸻
「毎回……?」
⸻
「うん、毎回」
淡々とした声。
⸻
「で、毎回負ける」
⸻
空気が、歪んだ。
⸻
次の瞬間には、距離がゼロになっていた。
⸻
「――っ」
⸻
衝撃。
何が起きたのか理解する前に、体が吹き飛ぶ。
地面に叩きつけられる。
息ができない。
⸻
「遅い」
未来のアズサが言う。
⸻
「判断も、理解も、全部」
⸻
視界の端で、リサが動こうとする。
⸻
「動かないで」
未来のアズサが、そちらを見ずに言う。
⸻
その一言で、空気が凍る。
リサの足が止まる。
⸻
「……なんで」
アズサは、かすれた声で言う。
⸻
「なんで戦うの」
⸻
未来のアズサは、少しだけ考えるように間を置いた。
⸻
「簡単だよ」
⸻
一歩、近づく。
⸻
「君が、同じことするから」
⸻
「同じこと……」
⸻
「リサを救おうとする」
⸻
その言葉に、胸が締め付けられる。
⸻
「それの何が悪いの!」
⸻
叫ぶ。
⸻
「何回やっても、ダメだから」
即答だった。
⸻
「救えるよ!」
⸻
「救えたよ」
⸻
その一言で、思考が止まる。
⸻
「……え」
⸻
未来のアズサは、初めて少しだけ感情を乗せた。
⸻
「一回だけ」
⸻
その目に、ほんのわずかに何かが宿る。
後悔か、執着か、それとも――
⸻
「でも、そのあと壊れた」
⸻
静かな断言。
⸻
「世界が?」
⸻
「違う」
⸻
一瞬の間。
⸻
「リサが」
⸻
音が消えた気がした。
⸻
「存在が安定しなくなって」
未来のアズサは続ける。
⸻
「時間の外に落ちた」
⸻
理解できない。
けれど、直感は理解している。
⸻
「だから私は」
⸻
未来のアズサは、ゆっくりと手を上げた。
⸻
「その前で止める」
⸻
その瞬間。
アズサは動いた。
⸻
考えるより先に、体が動いていた。
⸻
手を伸ばす。
⸻
リサの方へ。
⸻
「リサ!」
⸻
その手を、掴む。
⸻
温度があった。
確かに、そこにいる。
⸻
それだけで十分だった。
⸻
「……離して」
リサが小さく言う。
⸻
「ダメ」
⸻
「離して、アズサ」
⸻
その声は、震えていた。
⸻
「このままだと――」
⸻
「それでもいい!」
⸻
言い切った。
⸻
「何回でもやり直す!」
⸻
その言葉に。
⸻
未来のアズサが、初めてはっきりと感情を歪めた。
⸻
「それがダメなんだよ」
⸻
低い声。
⸻
「“何回でも”が、一番壊す」
⸻
次の瞬間。
再び衝撃。
⸻
視界が弾ける。
⸻
そして――
⸻
鐘の音。
⸻
朝。
⸻
また、この日。




