選択権
森の奥は、静かすぎた。
風もない。
音もない。
ただ、世界が“止まっている”ような感覚だけがあった。
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「ここから先は、あんまり見せたくなかったんだけど」
リサが言う。
いつもより少しだけ、声が低い。
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「……何があるの」
「仕事」
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その言葉は短かった。
だが意味は重かった。
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少し進むと、開けた場所に出た。
円形の空間。
地面には、奇妙な模様が刻まれている。
規則的で、どこか人工的な線。
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「これが“調整点”」
リサが言う。
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「ここで、ズレを戻す」
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アズサは息を呑む。
理解してしまったからだ。
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「……誰かを、消すってこと?」
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リサは少しだけ黙った。
そして、
「消す、っていうより」
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「なかったことにする」
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訂正するように言った。
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そのとき。
空間の中央に、誰かが“現れた”。
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小さな男の子だった。
見覚えがある。
同じクラスの――
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「やめて」
アズサの声が反射的に出る。
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「この子、まだ――」
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「うん」
リサは遮らずに聞いた。
ただ、表情が動かない。
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「でも、このままだとバランスが崩れる」
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「だからって!」
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叫びかけたその瞬間。
リサがこちらを見た。
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その目は、静かすぎた。
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「じゃあ代わりに、誰を消す?」
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言葉が詰まる。
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何も言えない。
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リサは、ゆっくりと手を伸ばした。
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男の子の額に触れる。
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「待って!」
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アズサがその手を掴む。
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強く。
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初めてだった。
リサの“仕事”を止めたのは。
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「……この子じゃなくていい方法、あるでしょ」
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「ないよ」
即答だった。
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「じゃあ私が――」
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その言葉は、最後まで言えなかった。
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「それはダメ」
リサが強く言った。
初めて、感情が乗っていた。
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「あなたは、消せない」
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「なんで!」
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一瞬の沈黙。
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そしてリサは、小さく息を吐いた。
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「……消したくないから」
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その言葉は、あまりにも静かだった。
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時間が止まったように感じた。
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「私は、“管理側”だから」
リサは続ける。
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「本当は、誰を消してもいい」
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淡々とした事実。
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「でも」
ほんの少しだけ、声が揺れた。
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「あなたは、選べない」
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アズサは、何も言えなかった。
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そのとき。
頭の奥で、何かが軋む。
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知らない記憶。
でも確かに“自分のもの”。
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何度も繰り返した光景。
同じ場所で、同じ選択を迫られて――
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そして毎回、同じように叫んでいる。
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――やめて
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――その子じゃない
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――リサを助けたい
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「……ああ」
思わず声が漏れた。
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理解してしまったからだ。
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「私、何回も……ここに来てる」
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リサの目が、わずかに揺れた。
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「……気づいたんだ」
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その声は、少しだけ悲しそうだった。
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「遅いよ」
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「え?」
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「もう、だいぶ後半」
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その言葉の意味を考えるより先に。
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空気が、変わった。
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圧力。
存在そのものが空間を歪めるような感覚。
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「……来た」
リサが呟く。
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その声は、恐怖ではなく――
諦めに近かった。
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振り返る。
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そこに、“アズサ”が立っていた。
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自分と同じ顔。
同じ目。
ただ一つ違うのは――
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感情が、完全に摩耗していること。
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「やっと来たね」
未来のアズサが言う。
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「もう何回目か、数えるのやめたけど」
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その視線は、まっすぐリサに向いていた。
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「そろそろ、終わりにしようか」




