観測者
その少年は、最初からそこにいた。
気づいていなかっただけで。
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教室の隅。
窓際の席。
どこにでもいるような顔。
けれど――
「ねえ、それ何回目?」
アズサにだけ聞こえる声で、そう言った。
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「……何が」
反射的に返す。
だが、心臓が嫌な音を立てる。
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「“やり直し”だよ」
少年は頬杖をついたまま、こちらを見ない。
なのに確信している声だった。
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「君、昨日いなかったよね」
「いたよ」
「いなかった」
即答だった。
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アズサは、言葉を失う。
このやり取り自体が“おかしい”。
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「まあいいや」
少年は小さく笑う。
「どうせまた消えるし」
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その言葉は、軽すぎた。
この世界で一番重いはずの現象を、あまりにも雑に扱っている。
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「……誰なの」
「観測者」
ふざけているようで、ふざけていない声。
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「名前は?」
「いらないでしょ」
少しだけ視線を向けてくる。
「どうせ覚えられない」
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ぞくりとした。
この少年は、理解している。
この世界の“仕組み”を。
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「君だけだと思ってたよ」
少年は続ける。
「戻れるの」
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その瞬間。
空気が、わずかに張り詰めた。
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「……他にもいるの?」
アズサの問いに、
「いるよ」
あっさりと答える。
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「というか、本命はそっち」
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嫌な予感が、形になる。
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「誰」
「君」
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一瞬、意味が分からなかった。
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「正確には、“先の君”」
少年はようやくこちらを見た。
その目は、感情が薄い。
ただ事実を観測しているだけの目。
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「君、最後はそっち側に行くよ」
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「……何言ってるの」
「未来の君が、今の君を殺しに来る」
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あまりにも静かな断言。
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「理由は簡単」
少年は窓の外を見る。
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「リサを救わせないため」
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息が止まる。
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「……なんで」
「さあね」
興味なさそうに肩をすくめる。
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「でもさ」
少しだけ笑った。
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「もう一回考えた方がいいよ」
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「何を」
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「“救う”って、本当にいいことなのか」
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その言葉は、リサの言葉と重なった。
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――誰を消すか
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同じ構造。
違う立場。
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そのとき。
教室の扉が開いた。
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リサが立っていた。
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一瞬だけ、空気が歪む。
クラスの全員が、わずかに視線を逸らす。
“認識しないようにしている”動き。
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だがアズサだけは、はっきりと見ていた。
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「来て」
リサが短く言う。
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アズサは迷わず立ち上がった。
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教室を出る直前。
ふと振り返る。
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少年は、こちらを見ていた。
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そして、口だけでこう言った。
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「もう遅いけどね」




