触れた未来
その手は、離されなかった。
森の入口。
立ち入りを禁じられた境界線のすぐ手前。
リサはアズサの手を握ったまま、じっとこちらを見ていた。
まるで、何かを確かめるように。
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「……離さないんだ」
アズサが小さく言うと、
「離したら、また消えるかもしれないでしょ」
リサはあっさりと答えた。
冗談ではない声だった。
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「ねえ、やってみようか」
「何を?」
「未来の改変」
その言葉は軽かったが、内容は重かった。
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リサは地面に小石を置いた。
「あと五秒後に、これを落とす」
「……うん」
「で、その前にあなたが“戻る”」
アズサは息を呑む。
簡単に言っているが、それはつまり――
「意図的にやれってこと?」
「できるでしょ」
断言だった。
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できるかどうかじゃない。
“やらされている感覚”が、すでにあった。
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「……やる」
言葉にした瞬間、胸の奥がざわつく。
嫌な予感。
けれど、それ以上に確かめたいという衝動が勝った。
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「じゃあ数えるね」
リサの声が、やけに静かに響く。
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「五」
風が止む。
「四」
世界が少しだけ遠くなる。
「三」
音が鈍る。
「二」
視界が歪む。
「一」
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その瞬間。
アズサは“戻る”ことを強く意識した。
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――反転。
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鐘の音が鳴る。
朝。
見慣れた天井。
呼吸が荒い。
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「……できた」
体が震えていた。
だが、確信があった。
今、確かに“自分の意思で戻った”。
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教室へ向かう。
同じ流れ。
同じ景色。
そして、森へ。
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「成功」
リサはそこにいた。
まるで最初から分かっていたかのように。
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「……石は?」
「落ちてない」
リサが指さす。
地面の上。
小石は、置かれたままだった。
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未来が、変わっている。
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その事実に、遅れて実感が追いつく。
喉の奥が乾く。
心臓の音がうるさい。
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「すごいね」
リサが呟く。
「ほんとにできるんだ」
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その声には、ほんの少しだけ感情が混じっていた。
驚きと――
安堵。
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「これで、選択できる」
「選択?」
「うん」
リサはアズサの手を、少しだけ強く握る。
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「誰を消すか」
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その言葉は、静かに突き刺さった。
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「……は?」
「この世界、バランス取ってるの」
淡々とした説明。
まるで、当たり前のことを話すように。
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「何かを変えたら、その分どこかで“帳尻”が合う」
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嫌な予感が、形になる。
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「さっきの石」
リサが続ける。
「本当は落ちるはずだった」
「……うん」
「でも落ちなかった」
その意味は、単純だった。
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「じゃあ、その“ズレ”はどこにいったと思う?」
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答えたくなかった。
けれど、もう分かっている。
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そのときだった。
遠くから、悲鳴が聞こえた。
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子供の声。
短く、途切れる。
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森の奥。
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「……今の」
アズサの声が震える。
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「行こう」
リサが言う。
迷いはなかった。
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二人で走る。
木々をかき分け、音のした方へ。
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そして――
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そこには、何もなかった。
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ただ、地面に残る“引きずられたような跡”だけがあった。
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「……誰か、いたよね」
アズサが呟く。
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「うん」
リサは短く答えた。
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「でも、もう“いない”」
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その言い方は、あまりにも冷静だった。
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「これが、この世界の仕組み」
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アズサは、その場に立ち尽くした。
理解してしまったからだ。
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未来を変えるということは、
誰かの未来を奪うことだと。
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そのとき。
リサが、そっと手を引いた。
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「大丈夫」
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その言葉は優しかった。
けれど、どこか歪んでいた。
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「あなたが選ばなきゃ、誰かが勝手に選ばれるだけだから」
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逃げ道のない優しさ。
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「それなら」
リサは、ほんの少しだけ視線を逸らしたあと。
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「自分で選んだ方がいい」
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その横顔は、ほんの一瞬だけ。
迷っているように見えた




