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未来は僕らの手の中に  作者: たろいも
2/8

観測される日常

違和感は、消えなかった。


 むしろ、はっきりしていた。


 ――私は、この日を二度目として生きている。


 アズサは教室の扉の前で立ち止まった。


 このあと何が起きるか、知っている。


 教師が入ってくるタイミング。

 隣の席の少女が欠伸をする瞬間。

 窓の外を鳥が横切る角度。


 すべてが、記憶と一致する。


 そして――


「その名前は、どこで覚えましたか?」


 扉を開けた瞬間、まったく同じ言葉が響いた。


 教師の視線が、まっすぐアズサに向けられる。


 逃げ場はない。


「……リサ」


 あえて、もう一度言った。


 確かめるために。


 次に何が起きるのかを。



 静寂。


 クラスの全員が、こちらを見ている。


 その目には、感情がなかった。


 まるで“観測装置”のように。



「その名前は、存在しません」


 教師は穏やかに言った。


「記憶の混乱ですね。後で処置を行いましょう」


 ――処置。


 その言葉に、背筋が冷える。


 だがアズサは目を逸らさなかった。


「じゃあ、なんで」


 声が少し震える。


「この席、空いてるんですか」


 教室の奥。

 あの席。


 昨日も、そして“さっき”も、誰かがいた場所。



 教師は一瞬だけ沈黙した。


 ほんのわずか。


 だが、それは確かに“予定外”の間だった。



「最初から空いています」


 答えは変わらない。


 けれどアズサは、初めて確信した。


 ――嘘だ。



 その日の授業は、ほとんど頭に入らなかった。


 代わりに、ずっと考えていた。


 なぜ自分だけ覚えているのか。


 なぜ“巻き戻った”のか。


 そして――


 リサは何者なのか。



 放課後。


 アズサは、昨日と同じ道を歩いた。


 同じ時間に、同じ場所へ。


 森の入口。


 立ち入り禁止の標識。


 そして――


「来ると思ってた」


 そこに、リサはいた。



「……っ」


 息が止まりそうになる。


 消えたはずの存在。


 最初からいなかったはずの少女。


 それが、今、目の前にいる。



「なんで……」


「なんで覚えてるの?」


 言葉を遮るように、リサが言った。


 その目は、昨日よりも鋭かった。


 試すような視線ではない。


 確信を持って、探っている。



「……わからない」


 正直に答えるしかなかった。


「でも、消えたよね」


「うん」


「なのに、またいる」


「いるね」


 リサはあっさりと肯定した。


 その態度が、逆に恐ろしい。



「ねえアズサ」


 一歩、近づいてくる。


「あなた、“戻った”でしょ」


 その言葉に、心臓が強く脈打つ。



「……やっぱり」


 リサは小さく息を吐いた。


「やっと見つけた」



「見つけた……?」


「うん」


 彼女は少しだけ迷うように視線を落とし、そして決めたように顔を上げた。


「本当はね、あなたに近づくつもりなかった」



 その言葉は、静かだった。


 だが重かった。



「私は、“こっち側”だから」


「……こっち?」


「管理する側」


 さらりと言う。


 あまりにもあっけなく。



 頭が追いつかない。


 だが、直感だけは理解していた。


 ――この子は、危険だ。


 この世界の“外”に近い存在。



「でも」


 リサは続ける。


「想定外だった」


 一歩、さらに近づく。


 距離が、ほとんどゼロになる。



「あなたが、戻るなんて」



 気づけば、手を掴まれていた。


 冷たいと思った。


 でも、同時に強く“現実”を感じた。



「ねえアズサ」


 逃げ場はない。


 けれど、不思議と怖くなかった。



「何回戻ったの?」



 その問いに、アズサは答えられなかった。


 なぜなら――


 自分でも、まだ一度しか“戻っていない”はずなのに。



 頭の奥で、別の記憶が軋む。


 知らないはずの光景。


 繰り返された会話。


 何度も、何度も、この場所で――



「……わからない」


 やっと絞り出した声。



 リサは、じっとアズサを見つめたあと。


 ほんの少しだけ、表情を緩めた。



「そっか」


 その声は、どこか安心していた。



「じゃあ、大丈夫」


 何が大丈夫なのかは、わからない。



「まだ、間に合う」



 その言葉だけが、妙に引っかかった。


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