観測される日常
違和感は、消えなかった。
むしろ、はっきりしていた。
――私は、この日を二度目として生きている。
アズサは教室の扉の前で立ち止まった。
このあと何が起きるか、知っている。
教師が入ってくるタイミング。
隣の席の少女が欠伸をする瞬間。
窓の外を鳥が横切る角度。
すべてが、記憶と一致する。
そして――
「その名前は、どこで覚えましたか?」
扉を開けた瞬間、まったく同じ言葉が響いた。
教師の視線が、まっすぐアズサに向けられる。
逃げ場はない。
「……リサ」
あえて、もう一度言った。
確かめるために。
次に何が起きるのかを。
⸻
静寂。
クラスの全員が、こちらを見ている。
その目には、感情がなかった。
まるで“観測装置”のように。
⸻
「その名前は、存在しません」
教師は穏やかに言った。
「記憶の混乱ですね。後で処置を行いましょう」
――処置。
その言葉に、背筋が冷える。
だがアズサは目を逸らさなかった。
「じゃあ、なんで」
声が少し震える。
「この席、空いてるんですか」
教室の奥。
あの席。
昨日も、そして“さっき”も、誰かがいた場所。
⸻
教師は一瞬だけ沈黙した。
ほんのわずか。
だが、それは確かに“予定外”の間だった。
⸻
「最初から空いています」
答えは変わらない。
けれどアズサは、初めて確信した。
――嘘だ。
⸻
その日の授業は、ほとんど頭に入らなかった。
代わりに、ずっと考えていた。
なぜ自分だけ覚えているのか。
なぜ“巻き戻った”のか。
そして――
リサは何者なのか。
⸻
放課後。
アズサは、昨日と同じ道を歩いた。
同じ時間に、同じ場所へ。
森の入口。
立ち入り禁止の標識。
そして――
「来ると思ってた」
そこに、リサはいた。
⸻
「……っ」
息が止まりそうになる。
消えたはずの存在。
最初からいなかったはずの少女。
それが、今、目の前にいる。
⸻
「なんで……」
「なんで覚えてるの?」
言葉を遮るように、リサが言った。
その目は、昨日よりも鋭かった。
試すような視線ではない。
確信を持って、探っている。
⸻
「……わからない」
正直に答えるしかなかった。
「でも、消えたよね」
「うん」
「なのに、またいる」
「いるね」
リサはあっさりと肯定した。
その態度が、逆に恐ろしい。
⸻
「ねえアズサ」
一歩、近づいてくる。
「あなた、“戻った”でしょ」
その言葉に、心臓が強く脈打つ。
⸻
「……やっぱり」
リサは小さく息を吐いた。
「やっと見つけた」
⸻
「見つけた……?」
「うん」
彼女は少しだけ迷うように視線を落とし、そして決めたように顔を上げた。
「本当はね、あなたに近づくつもりなかった」
⸻
その言葉は、静かだった。
だが重かった。
⸻
「私は、“こっち側”だから」
「……こっち?」
「管理する側」
さらりと言う。
あまりにもあっけなく。
⸻
頭が追いつかない。
だが、直感だけは理解していた。
――この子は、危険だ。
この世界の“外”に近い存在。
⸻
「でも」
リサは続ける。
「想定外だった」
一歩、さらに近づく。
距離が、ほとんどゼロになる。
⸻
「あなたが、戻るなんて」
⸻
気づけば、手を掴まれていた。
冷たいと思った。
でも、同時に強く“現実”を感じた。
⸻
「ねえアズサ」
逃げ場はない。
けれど、不思議と怖くなかった。
⸻
「何回戻ったの?」
⸻
その問いに、アズサは答えられなかった。
なぜなら――
自分でも、まだ一度しか“戻っていない”はずなのに。
⸻
頭の奥で、別の記憶が軋む。
知らないはずの光景。
繰り返された会話。
何度も、何度も、この場所で――
⸻
「……わからない」
やっと絞り出した声。
⸻
リサは、じっとアズサを見つめたあと。
ほんの少しだけ、表情を緩めた。
⸻
「そっか」
その声は、どこか安心していた。
⸻
「じゃあ、大丈夫」
何が大丈夫なのかは、わからない。
⸻
「まだ、間に合う」
⸻
その言葉だけが、妙に引っかかった。




