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未来は僕らの手の中に  作者: たろいも
1/8

世界は最初から壊れていた

初投稿

最初に違和感を覚えたのは、“音”だった。


 朝の鐘が鳴る。

 同じ高さ、同じ長さ、同じ間隔。


 毎日、寸分違わず繰り返される。


 それは規律の象徴として教えられていたが、ある日ふと気づいた。


 ――正確すぎる。


 風も、人も、時間さえも揺らぐはずなのに、その音だけは一切ぶれない。


 まるで、録音されたもののように。



 アズサはその日も、決められた時間に家を出た。


 白い壁に囲まれた街。

 整えられすぎた道。

 同じ角度で頭を下げる大人たち。


 ここではすべてが「正しい」。


 正しい時間に起き、正しい言葉を使い、正しい力の使い方を学ぶ。


 それが、この世界のルールだった。



「ねえ」


 声をかけられて振り返る。


 そこにいたのが、リサだった。


 長い黒髪が風に揺れている。

 なのに、不思議とその動きだけが“周囲とずれて”見えた。


「あなた、気づいてるでしょ」


 唐突な言葉だった。


「……何を?」


「ここ」


 リサは足元を軽く踏み鳴らす。


「なんか変だって」


 アズサは一瞬だけ言葉に詰まる。


 普通なら否定するべきだ。

 この世界は正しい。疑う必要なんてない。


 そう教えられてきた。


 それでも――


「……ちょっとだけ」


 気づけば、そう答えていた。


 リサは小さく笑った。


「やっぱり」



 その日から、二人は自然と一緒にいるようになった。


 理由はない。

 ただ、お互いに“同じもの”を見ている気がした。



「ねえアズサ」


 授業の合間、リサが囁く。


「昨日のこと、覚えてる?」


「昨日?」


「うん。ひとり、いなくなった」


 アズサの心臓がわずかに跳ねる。


 だが、思い出せない。


「……誰?」


「ほら、後ろの席の」


 リサが視線を向ける。


 そこには、空席があった。


 最初から誰もいなかったかのように、自然に。


「……わからない」


「だよね」


 リサはあっさりと言った。


 まるでそれが当然のように。


「でもね、これ初めてじゃない」


 その言葉は、静かに沈んだ。



 放課後、リサはアズサを森へ連れ出した。


 街の外縁。

 立ち入りを禁じられている区域。


「ここ、本当は来ちゃダメなんでしょ」


「うん」


「でも来た」


 軽く言ってのける。


 アズサは少しだけ笑った。


 この子は、怖くないのだろうか。


 それとも――


「怖いよ」


 心を読んだように、リサが言う。


「でも、それ以上に確かめたい」


 そう言って、彼女は立ち止まった。



 その瞬間だった。


 空気が歪む。


 音が消える。


 世界が“ずれる”。


「……来た」


 リサが低く呟く。


 初めて見る顔だった。

 恐怖ではなく、確信に満ちた表情。


「アズサ、聞いて」


 彼女は強く手を握る。


「もし私が消えても――」



 そこで、世界が途切れた。



 気がつくと、朝だった。


 鐘の音が鳴る。


 同じ高さ、同じ長さ、同じ間隔。


 完璧な繰り返し。


 アズサは布団の中で息を呑む。


「……は?」


 昨日の記憶が、はっきりと残っている。


 森。リサ。歪み。


 そして――


「消えても、なんだっけ……」


 そこだけが、ぽっかりと抜け落ちている。



 教室に行く。


 いつも通りの風景。


 いつも通りの席。


 ただ一つ違う。


 リサがいない。


 最初から存在しなかったかのように。



「……リサ」


 その名前を口にした瞬間。


 教室の空気が、止まった。


 教師がゆっくりとこちらを見る。


 そして、微笑む。


「その名前は、どこで覚えましたか?」



 次の瞬間、頭の奥で何かが“弾けた”。


 視界が反転する。


 音が逆流する。


 時間が、巻き戻る。



 ――鐘が鳴る。



 アズサは、もう一度目を覚ました。


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