世界は最初から壊れていた
初投稿
最初に違和感を覚えたのは、“音”だった。
朝の鐘が鳴る。
同じ高さ、同じ長さ、同じ間隔。
毎日、寸分違わず繰り返される。
それは規律の象徴として教えられていたが、ある日ふと気づいた。
――正確すぎる。
風も、人も、時間さえも揺らぐはずなのに、その音だけは一切ぶれない。
まるで、録音されたもののように。
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アズサはその日も、決められた時間に家を出た。
白い壁に囲まれた街。
整えられすぎた道。
同じ角度で頭を下げる大人たち。
ここではすべてが「正しい」。
正しい時間に起き、正しい言葉を使い、正しい力の使い方を学ぶ。
それが、この世界のルールだった。
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「ねえ」
声をかけられて振り返る。
そこにいたのが、リサだった。
長い黒髪が風に揺れている。
なのに、不思議とその動きだけが“周囲とずれて”見えた。
「あなた、気づいてるでしょ」
唐突な言葉だった。
「……何を?」
「ここ」
リサは足元を軽く踏み鳴らす。
「なんか変だって」
アズサは一瞬だけ言葉に詰まる。
普通なら否定するべきだ。
この世界は正しい。疑う必要なんてない。
そう教えられてきた。
それでも――
「……ちょっとだけ」
気づけば、そう答えていた。
リサは小さく笑った。
「やっぱり」
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その日から、二人は自然と一緒にいるようになった。
理由はない。
ただ、お互いに“同じもの”を見ている気がした。
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「ねえアズサ」
授業の合間、リサが囁く。
「昨日のこと、覚えてる?」
「昨日?」
「うん。ひとり、いなくなった」
アズサの心臓がわずかに跳ねる。
だが、思い出せない。
「……誰?」
「ほら、後ろの席の」
リサが視線を向ける。
そこには、空席があった。
最初から誰もいなかったかのように、自然に。
「……わからない」
「だよね」
リサはあっさりと言った。
まるでそれが当然のように。
「でもね、これ初めてじゃない」
その言葉は、静かに沈んだ。
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放課後、リサはアズサを森へ連れ出した。
街の外縁。
立ち入りを禁じられている区域。
「ここ、本当は来ちゃダメなんでしょ」
「うん」
「でも来た」
軽く言ってのける。
アズサは少しだけ笑った。
この子は、怖くないのだろうか。
それとも――
「怖いよ」
心を読んだように、リサが言う。
「でも、それ以上に確かめたい」
そう言って、彼女は立ち止まった。
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その瞬間だった。
空気が歪む。
音が消える。
世界が“ずれる”。
「……来た」
リサが低く呟く。
初めて見る顔だった。
恐怖ではなく、確信に満ちた表情。
「アズサ、聞いて」
彼女は強く手を握る。
「もし私が消えても――」
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そこで、世界が途切れた。
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気がつくと、朝だった。
鐘の音が鳴る。
同じ高さ、同じ長さ、同じ間隔。
完璧な繰り返し。
アズサは布団の中で息を呑む。
「……は?」
昨日の記憶が、はっきりと残っている。
森。リサ。歪み。
そして――
「消えても、なんだっけ……」
そこだけが、ぽっかりと抜け落ちている。
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教室に行く。
いつも通りの風景。
いつも通りの席。
ただ一つ違う。
リサがいない。
最初から存在しなかったかのように。
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「……リサ」
その名前を口にした瞬間。
教室の空気が、止まった。
教師がゆっくりとこちらを見る。
そして、微笑む。
「その名前は、どこで覚えましたか?」
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次の瞬間、頭の奥で何かが“弾けた”。
視界が反転する。
音が逆流する。
時間が、巻き戻る。
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――鐘が鳴る。
⸻
アズサは、もう一度目を覚ました。




