表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/6

緊要の召還

 大日本帝国陸軍予科士官学校。田園が広がる埼玉県朝霞町の中に居を構える巨大な校舎は、将来の陸軍兵科士官候補生を育てる教育機関であった。


 その中の一教室で陸軍少佐・来栖慶次は、彼の領分である〝近代異能戦〟の授業を担当していた。欧州の血を母方に持つ彼は、日本人にしては彫りが深い顔立ちで、やや栗色が入った黒髪を短く整え、後ろに流している。近年陸軍も海軍に習い頭髪規制を緩和したものの、以前は頭を剃り上げることが通例であったため、彼の風貌は士官学校内で異質ではあったが、過去特殊任務にあたっていたという噂も助けて、今では生徒・教官含め気に留めるものは少なかった。


「――えーこのように異能力者には区分けが存在する。区分け方法は国や機関によっても異なるが、日本は欧米と同様に戦略級・戦術級・作戦級・一般級という四つで区分している」


 来栖は黒板にチョークを走らせながら説明を重ねる。

 生徒たちはみな同様の官品を身に纏い、彼の話に神妙な面持ちで傾聴していた。


「まず戦略級だ。これは対国家の抑止力となり、戦力にして一個師団に匹敵する能力を有する場合に付けられる。また、能力運用によって複数都市を壊滅させられることも条件だ。基本的に戦略級はその一挙手一投足が外交関係や軍事バランスを大きく揺るがす。ゆえに表舞台には滅多にでてこない」


「次に戦術級は一個旅団に匹敵する能力を有し、一都市機能を混乱させられる能力者を指す。実質的に軍事行動によって運用できる最高位の異能力者だ」


「残りの作戦級は戦闘・軍事戦略に影響を及ぼし得る戦術級以下の異能力者。一般は戦闘や軍事戦略における使用が困難、もしくはその真価が図り切れない場合に暫定的に置かれる」


「次に現在帝国が保有する異能戦力について確認しておこう。政府が対外的に認めている戦略級異能力者は三名で、これは米国やソ連に次ぐ規模だ。ただ具体的な異能力の詳細や氏名、出自は特一級国家機密であるため士官の卵である君たちも知ることは叶わない。しかし唯一『焼却』の異能力者については歴史上、中央アジアにおいて一度使用された経緯があり、その際には敵司令部ごと半径五〇㎞の陸地を火の海に変えた。これは公開情報だから君たちも知っているかもしれない」

 

来栖が生徒たちに視線を投げかけると、一人の利発そうな顔をした生徒がばっと手を真っ直ぐに挙げた。


「教官殿!質問よろしいでしょうか」

「よろしい。坂本生徒、言ってみなさい」

「はっ。ありがとうございます!」

 

生徒は立ち上がり、真剣な表情を崩さずに声を張った。


「異能者が近代戦において勝利を左右する重要兵器であることは理解いたしました。であるならば、その根源たるスイスの鉱脈を占拠・または大量に採掘して、大勢の異能軍隊を編成すれば皇国に敵なしとなるのではないでしょうか」

「面白い発想だ。だが大戦中ならともかく、現在は難しい。スイスへの軍事侵攻や鉱石採取目的の入国はジュネーブ条約で固く禁じられている。そして当該地域は異能力の不必要な拡散を防ぐため常駐の国連軍と異能自警団〝サンクチュアリ〟によって防衛されている。スイスは中立地帯で人道回廊としても機能しているから人の往来は十分もあるが、もし悪意をもって忍び込んで発覚した場合、制裁が発動する」

「発動するとどうなるのでしょうか」


 恐る恐るといった様子で生徒が質問する。

 来栖は少し天井を見上げ、考え込むような素振りを見せてから答えた。


「一度だけ前例がある。戦後のどさくさに紛れて鉱石を採取しようとしたアフリカ南部の小さな国だ。そこは既に地図にない国になってしまった。条約締結国によって編成された連合軍とサンクチュアリが制裁を加えた。列強でもあの地に手を出そうとする人間は中々いないよ」



授業を終え、教卓にて教材を整理していると、一人の生徒とは違う正規の軍服を纏った男が教室の入り口が入ってくる。

男は来栖に歩み寄り敬礼した。


「失礼いたします。少佐。藤川昭雄伍長です」

「なんだね」

 藤川は来栖の耳元に顔を近づけて言った。

「連隊長がお呼びです。ご同行いただきたく存じます」

 来栖の顔が一瞬強張る。

なぜいまさらになって。数年音沙汰がなかったというのに。


「――足はあるのかい?」

「既に校舎口に車を待たせております」

「了解した。すぐ向かう。午後の授業は休講にしよう」




 市ヶ谷の陸軍省参謀本部庁舎本館、その三階の一番奥にある重厚な扉を来栖は手の甲で叩いた。扉の傍には直立して動かない藤川がいる。恐らく彼の役割はここまでなのだろう。

 中から「入れ」という声が聞こえ、来栖だけが入室する。

 踏み込むや否や来栖は部屋の窓からあふれてくる陽光に目を細めた。


「――よお久しいな、少佐」


 前方から低く腹に響く声が飛んでくる。目が環境に適応しその人物の輪郭を鮮明に掴む。

 執務椅子に腰かけた大柄な男性。

 眼光だけで獣を射殺せそうな迫力の巨漢である。片目には刀傷があり、常に眼帯を使用している。噂では四十五年前の日露戦争をも戦ったと聞く。

 来栖は硬い表情で彼の元に歩み寄り、敬礼する。


「ご無沙汰しております。凱堂大佐」

 彼は異能力に関する安全保障・情報収集を担当する参謀本部第5部の部長。

そしてその直属部隊であり、独立混成第九特務連隊の連隊長をも務める。生ける伝説と言われる武人だ。


「士官学校の空気はどうだった」

 緊張の色を隠せない来栖とは対照的に、世間話をするように凱堂は問いかける。


「皆、素直で勤勉な学生です。皇国の将来は安泰だと思いました」

「そうか、それは良かった。オレはてっきり連隊から離れて教官なんぞをやらされて、お前が腐ってしまっているんじゃないかと危惧していたんだ」

 

 そう。第九連隊は来栖が教官になる以前に所属していた部隊だった。

 それは通常の指揮系統から独立し、保有する異能力者の監視・戦時運用、敵性異能力者の制圧・殲滅など異能に関する多様な作戦に従事する特殊部隊だ。

 ただ、来栖はとある事件を境に、連隊を後にした。


「――僕も連隊の仲間が恋しくないとは言いませんが、教官も遣り甲斐を感じる職務でした」

「それならオレもお前を飛ばした甲斐があったな」


 はっはっと凱堂は大仰に笑った。来栖も愛想笑いを浮かべる。

 そしてひとしきり場が静まったタイミングで凱堂は上半身をやや前傾して、手を組んだ。

 その鋭さを持った眼は品定めをするように来栖を覗き込んでいる。


「さて。早速で悪いが本題に入ろうか。呼び出した理由を説明しよう」

「はっ」


「少佐、オレは君に第九連隊に復帰してもらいたいと思っている」

 

想定外の提案に来栖は呆気に取られた。探るように彼は凱堂に問いかける。


「ですが、大佐。ご存知の通り僕はいま、停職中の身ですよ」

「もちろんわかっているとも。君は中隊長として、大きな過失を犯した」


その言葉に、ぞくりと、背中をナイフの切っ先で撫でられるような感触がある。

来栖は一度息を吸ってから、小さく頷いた。


「――はい。私は戦いの中で、戦術級異能力者を失いました。部隊の監督者としてあってはならないことです」

 一人の少女の悲惨な亡骸が来栖の脳裏をよぎる。来栖は凱堂から見えない位置で拳を握った。


「そうだな。異能力者は今や軍事力の核だ。特に抑止力ではなく実戦において使用可能な戦術級異能力者は事実上の最高戦力だ。一基の戦術級異能力者を開発するために十八億円 以上の血税が投入されている。ゆえに戦場に投入する場合、それは戦場において失うことなく、かつ効率的に自軍を勝利に導くよう指揮官によって運用されなければならない」


 そうだ。だからこそ辞表を提出し、現在は軍務から離れて士官学校教官を務めていた。


「であればなぜ、僕を復帰させるのです。優秀な兵士は多くおりますでしょう」

「君が必要だからだ。君には連隊に復帰し次第、とある作戦に従事してもらいたい。その中では異能力戦も想定されている。異能が絡む戦闘において君の右に出るものはいなかった。それに君は外国の血も入った彫りの深い顔で髪も伸ばしている。坊主頭の典型的な帝国軍人では本作戦は何かと不便なのだ」

「は、はあ」

 一体どんな作戦に従事させようというのだ。来栖は釈然とない説明に形だけの相槌を打ちながら、他の懸念も口にする。


「連隊長に私の能力を評価していただいていることは光栄の至りです。しかし、私のような一度処分された人間が復帰すれば連隊内の不和を生むのでは――」

「何を言うか。君はインドシナの英雄だ。内乱を平定し、親日政権の樹立に寄与した。それに合わせて五年もの謹慎だ。私の方から各隊長にも話は通してある。現在連隊内で君の復帰に文句を言う連中はいない」

〝いても黙らせる〟という含意すらありそうな凄みのある低い声で凱堂は言った。


「そうでしたか……承知しました。ご高配感謝いたします」

 口ではそういうものの、来栖は乗り気ではなかった。もう戦場は――あんな光景は二度と見たくないのだ。


「いいんだ。それで?受けるのか」


 ただ、帝国軍人として上官の意向に逆らう選択肢はない。幼少期から士官学校時代にかけて常に叩き込まれてきた軍人の反射神経が、心の反抗を押し殺し、背筋を立たせる。


「はっ!連隊に復帰し皇国のため、身命を賭して任務を全うします」


「よろしい。では作戦の概要について説明する。入ってこい」

凱堂は満足気にそう言うと、立てかけていた杖でドンドンと床を叩いた。

すると事務室の扉ががちゃりと開く。


外から入ってきたのはすらりと長身の男だった。髪をワックスで硬め、グレーのスーツを身に纏った男。およそ軍人の身なりではない。


「彼は、一体」

「紹介しよう。彼はW機関の構成員だ」

「初めまして、来栖少佐。私は草壁といいます」


 恐らく偽名であろう名を口にして手を差し出してくる。来栖は手を握り軽く挨拶を済ませてから、先ほどの凱堂の言葉を頭で反芻する。

 W機関。陸軍内に存在する特務機関の一つだ。特務機関の頭文字は通例で機関の最高責任者や担当地域の名がから取られることが多い。この場合Wが意味するところは――


「ワシントン――まさか狙いは合衆国ですか」

 凱堂に視線を送ると彼はゆっくりと頷き、神妙な面持ちで告げた。


「ああ。何せ本作戦の目的は、米国が保有する異能力者の奪取だからな」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ