帝国の思惑
軍政府連絡会議。
陸軍省内の豪奢な第二会議室にて、陸軍と政府による重要会議が行われていた。
出席者である陸軍大臣、総理大臣、外務大臣、軍部高官6名が会議机を囲んでいた。
「ごほん」と咳払いをしてから神経質そうな眼鏡をかけた男性――外務大臣・西郷重明は、手渡された資料に苦言を呈した。
「参謀本部により提案されたF作戦についてですが、もし事実が露見すれば米国との緊張関係をいっそう高めるのではないかと我々は非常に懸念しております。亜米利加局局長の話でも、米国上層部に対日開戦を支持する者も増えているらしく、両国の関係は〝膨らんだ風船〟と聞きます」
それに対して被せるように陸軍大臣・石蔵玄寿朗は身を乗り出して答えた。
「しかし、これは我が国が近代以降積み上げてきた権益を護持するために必要不可欠な行動だ。もし機会を逃せば、皇国は列強に対する軍事的優位を大きく失う!」
声を荒げた石蔵に対し、時の総理大臣・吉田茂は、それを制するように片手を挙げて見せた。
「まあまあ。石蔵殿の言うこともわかるが、それによって全面戦争が引き起こされれば、元も子もないと言っているのだよ。政府は臣民の安寧のためにも国際社会における協調路線を継続したいのだ」
「その全面戦争を避けるために、我々は抑止力を保有している!もしも戦争となれば米国の主要都市六つは一週間の内に灰塵と化しましょう。それをわかっているからこそ、我々が本作戦を実行したとしても、連中は威圧するので精一杯だ。連合艦隊にも沿岸警備隊にも傷一つ付かない」
「それはあくまで希望的観測ではないのかね、、」
吉田は、息巻く石蔵に対して大きなため息をつく。
石蔵は自身の意見をあしらうような態度に歯ぎしりをし、意趣返しでぼそりと呟いた。
「――やはり現場を知らぬ田舎代議士は話が通じないな」
吉田の地獄耳がぴくりと動く。
「なに?貴様、臣民の意志によって選抜された政治家をなんと心得るか。悪しき軍部政治は終焉したのだぞ」
石蔵は切り返しの発言に一瞬苦い顔を見せた。
帝国においては以前、現役の中将・大将が陸海軍の大臣を歴任する現役武官制が敷かれていた。ゆえにもし陸海軍が内閣に閣僚を送り出さなければ、自動的に内閣は不成立となる体制で特に満州事変以降、軍部の政治的発言力は強くなっていた。しかしそんな中で軍部の一部将校によるクーデターにより、内閣の重要閣僚が複数人殺害される事件が起きた。しかもそれを時の陸軍大臣は黙認する形を取り、事態収拾に時を要した。このことに陛下は激怒し、「速ヤカニ兵ヲ解散セシメ、首謀者ヲ厳罰ニ処セ」と側近に通達。その後、陸軍大臣・海軍大臣について現役武官制を改定し、陸海軍が閣僚を送り出さなかった場合は、内閣が過去の中将・大将を含めて指名できる制度へと変更する詔書が出された。
ゆえに、現在軍部大臣の発言権は相対的に低下していた。
痛いところを突かれたのを悟られまいと、石蔵はバンッと机を叩いて立ち上がり反論に出る。
「悪しきとは何だ!誰がこの皇国を卑しき列強の魔の手から守ってきたと思っている!」
「その認識が時代遅れだと言っているのだ!平和的外交で活路を拓くことこそが肝要なのだ」
「外交で何かが解決した試しがあったか。有史以来最も物事に決着をつけてきたのが戦いだ。ましてやこの西郷のような神経過敏な男にまともな交渉など望むべくもない」
「なッ……私がどれだけあなたたち軍部のケツを拭いてきたと思っているんです。陸軍のフィリピン工作のせいで米国やアジア諸国とどれだけ揉めたか――」
その後も一〇分以上会議では罵声が飛び交い、F作戦について合意は見送りとなった。
「まったく、信じられんッ!!」
外務大臣・総理大臣は憤慨した表情を浮かべたまま、つかつかと足早に会議室を出ていった。
そして次々と関係者も席を立つ中で、陸軍大臣は脇に座っていた参謀本部第五部長――凱堂悠禅に歩み寄った。
「随分とお戯れになっていたな、大臣殿」
凱堂は皮肉めいた笑顔を浮かべ、石蔵に視線をやる。
「言うな。連中とは組閣以来ずっとこうだ。それよりも――」
石蔵は周囲に聞こえないよう顔を近づけ、耳打ちする。
「総理はああいったが、我々は本作戦を必ず実行する。これは皇国の安全保障のために必要なことだ。やつら気取った文民に国は守れん。我々だけでやる。凱堂殿。陸軍の英雄たる貴殿と、その部隊の力を借りたい」
役職では上位であるはずの石蔵はやや腰を低くして、凱堂に語り掛けた。
一方で凱堂は、まだ関東軍上がりの独断専行癖が抜けないのか、と内心冷ややかな目線を送りつつ、うなずいて見せる。
「承知した。必要性はオレも認めている。しかし、本作戦は一筋縄ではいかんぞ。我々は多くの人員を割くことができない。大規模な作戦は米国当局にも、内務省にもたやすく感知される」
「なんとかならんか。陸軍内であればどこにでも話を通すぞ」
「――わかった。心当たりをあたってみよう」




