かつての戦場
僕は戦場にいた。
場所は旧フランス植民地であるインドシナ。青々と亜熱帯の草木が生い茂るかつての農村地帯で戦闘は行われていた。
すぐ傍では血潮が舞い、足元には味方か敵かもわからぬ兵士の切断された頭部が転がっている。生臭い匂いは地面に転がる赤黒い臓器たちから漂っているのだろうか。
高温多湿な環境下であちこちに蛆が湧いている。むずがゆくなるような虫の羽音が耳朶を叩き続ける。
そんな、地獄の中で奇跡のように踊るように、その少女はいた。
彼女は敵兵たちの中にあって、獲物を持っていなかった。
彼女はただ、その体をしなやかに動かし、空を切るように滑らかに手を動かす。
それだけで十分であった。
銃剣で彼女を狙った者も、手榴弾を投げつけた者も、腰ナイフで近接戦を挑んた者も、、草叢を蹂躙する戦車でさえも、
みな一様にぱっくりとその身を割かれた。
空中を見えない斬撃が舞っていた。彼女が手を動かすたび、どこかで血しぶきがあがった。どこかで首が飛んだ。どこかで人肉が裂けた。
その様子を僕は視界の隅に捉えながら、迫りくる敵兵を刀で斬り伏せる。返り血が野戦服と頬に一閃を作る。
今日で何人殺しただろうか。五〇人は超えている。刃毀れすら作らないこの刀が嫌になってくる。
元々、日本はこの内乱に参戦する予定ではなかった。
列強が抑止力を持つ中で、アジア植民地への直接侵攻は大きなリスクだ。ゆえに日本はあくまで自らは直接軍事力を行使せず、アジア諸国の民族自決運動を支援した。そして各国が欧米支配を脱し、その新政権が日本と協力関係を築くことで、アジア権益を得る戦略を取ってきた。
しかし、こと旧フランス領インドシナにおいては事情が違っていた。一度はフランスが独立を承認し、民族主義派が政権を掌握したかに見えた。だがそこに共産勢力であるベトミンの台頭があり、共産勢力を防ぐという名目で立ち上がったフランスの復帰勢力も登場、そして旧王政支持派の四つが入り乱れ、縦に伸びる国土の中で争いは激化の一途をたどった。
そこで帝国軍も秘密裡に中隊規模の少数部隊を派遣。民族主義派の援護を行った。
ただ、決して快方に向かっているとはいえない。インドシナ特有の索敵がしづらい密林に敵のゲリラ戦術も加わり、状況は膠着状態。
来る日も来る日も戦闘を続けている。まさに地獄絵図だ。
そこでふと視線を彼女に移すと、一人の小銃を持った敵兵が茂みに潜んで彼女を狙おうとしていた。
「くそッ!香蓮!」
僕は声を張り上げ、銃弾を素早く三発放った。最初の二発は外れたが、一発は伏兵の脳天に穴をあけた。
僕は慌てて彼女の元に駆け寄る。
「ごめん、油断してた」
「いいんだ。大丈夫か」
「私は大丈夫。まだ撤退命令はないの?」
「玉砕覚悟で死守しろ。それが上の命令だ」
「私がいるから?」
一瞬、そう問われて僕は答えに詰まる。彼女がいるおかげで、この少数部隊でも戦いが成立していることは事実だった。でも、それではまるで彼女のせいで撤退できないと言っているようで、僕には首を縦に振ることができなかった。
「わからない。だがいずれ海南島からも援軍が来る。それまでの辛抱だ」
「なら、私がしっかりしなきゃね」
とは言えあまりに多勢に無勢。倒しても倒してもどの御旗を掲げているかもわからない兵士が次々と湧いてくる。無理な作戦で彼女も相当疲労していた。
「ッ伏せろ!!」
その時、遠くで砲弾の火薬音がした。続いて空間を切り裂くような音がくる。
それを脳が認識した瞬間、右一メートルの地面が爆発した。
世界から音がなくなる。キーンという不吉な音だけが鼓膜に尾を引く。
鋼鉄の塊に横から殴られたような感覚と共に、視界が動転する。
そこで夢は終わった。目を開けて入ってくるのは異国の空ではなく、居間の木造りの天井だった。ばっと起き上がると、全身にびっしりと汗が染み付く嫌な感覚があった。
心臓が胸骨を突き破るように、バクバクと音を鳴らす。
「くそっ」
顔に手を当て、そのままぐしゃぐしゃと髪をかき乱す。
最悪の気分だ。
だが途中で覚醒できてよかったとも思う。
だって僕はこの夢の続きを知っている。この話の結末を知っている。
いつだって行きつく場所は同じだ。
僕は最後、彼女の亡骸の前に立っている。




