プロローグ
一九一四年。第一次世界大戦、それは初めての世界を巻き込んだ総力戦であると同時に、歴史上初めて『異能力者』が登場した戦いだった。
フランス共和国とドイツ帝国が塹壕を構えてにらみ合う西部戦線において、それは起きた。
名をフリードリヒ・フォーゲル。プロイセン参謀本部が極秘にヴェルダンに投入した彼は突如として塹壕を抜け、フランス軍へと駆け出した。当然弾丸の雨が彼を襲った。しかし、何人も彼を傷つけることはできなかった。背後から視認していたドイツ歩兵の話では、それは嵐のような凶悪な暴風を周囲に纏っていたという。彼は異能の力をもって、二時間で三〇〇〇人以上の敵フランス兵を屠り、フランスの防衛ラインを瓦解させた。
この衝撃的な知らせは瞬時に世界を駆け巡った。
そして世界中の情報機関が全資源を用いて件のドイツ兵士について調査を始めた。そして、異能力者の登場から十九日後、アメリカ合衆国・大英帝国の諜報機関は三つの事実を突き止めた。
一、ドイツ軍が秘密裡に世界戦争以前からスイスで「臨界石」と呼ばれる鉱石を採掘していた
二、その鉱石を特殊な分解炉にかけ抽出した「概核」と呼ばれる結晶体をフリードリヒ・フォーゲル伍長含め複数の兵士に継続的に投与する実験をしていた。
三、臨界石はそのほとんどがスイスの山岳地帯の地下空間に存在する。
この情報は当時、連合国側で参戦していた大日本帝国にも伝わった。それまで日本は山東省などアジアにおけるドイツ権益の接収には協力的だったものの、欧州大陸における戦闘への参加は消極的だった。
しかし異能力に関する情報を知った日本の中央部は〝バスに乗り遅れるな〟と息巻き、スイスの鉱石権益を得るために陸海併せて七〇万人規模の兵力をヨーロッパ戦線に送り出した。
戦争の中、各国はスイス周辺の地域支配や制空権を巡って激しく争い、当該地域だけで両軍併せて大破した戦車数は三五〇〇両、戦死者は二〇〇万人以上を数えた。そして連合国は苦難の末にスイスの臨界石を発掘し、本国へと持ち帰り異能力者開発のために研究を重ねた。
二番目に異能力者の開発に成功したのはアメリカだった。続いてイギリス、ロシア(後のソ連)、日本が異能力者の開発に成功。
そして五年続いた戦争はある日、唐突に終結した。ドイツ帝国の首都ベルリンが一夜にして、文字通りスプーンでえぐり取られたようになくなったのだ。後にこれはアメリカが開発に成功した、世界で初めての『戦略級異能力者』が実行した作戦だと世界は知ることになる。この作戦によってドイツの中枢機能は完全に麻痺し、戦争は終結へと向かった。
それから30年。
各国は戦略級異能力者を開発するために、莫大な資金を投入した。
そして列強は直接的に戦火を交えることが難しくなった。異能力者の存在が抑止力になったからである。異能力を用いた攻撃は前兆が非常に掴みづらい。航空機で一人の異能者を投下すれば、軍事施設は回復不可能な打撃を受ける。また、敵国内に忍び込ませれば戦争が始まった瞬間に首都を火の海にすることが可能だ。ゆえに列強と呼ばれる国々は直接的な軍事衝突をこの三〇年間避けてきた。
逆に異能力者を保有しない国家に対しては攻勢を強めることが可能となり、こと日本に限っていえばアジアに触手を伸ばし、石油・ゴム資源の宝庫であるマレーシアや地政学上重要なフィリピンには親日政権が樹立。日本軍の駐留地は東アジア各地に増え、確実にその影響力を強めていた。そしてその動きに警戒感を示すアメリカ合衆国も裏で対日レジスタンスの支援を行うことはあれど、直接的な武力衝突には消極的だった。
そして時は1950年。火種が燻り、各国の思惑が交錯する時代。これは異能冷戦の只中に在る大日本帝国の、とある軍人の物語である。




