132. かっこ悪すぎ? ー玲と薫ー
玲視点です。
夏野が激怒して去った後、しばらくしてまた扉を叩く音がした。
声を出すのも億劫で黙っていると、静かに扉が開き、薫と朱鷺子が顔を見せる。
「玲、目が覚めた……?」
そっと聞いてくる薫に軽く頷くと、後ろから朱鷺子の少し厳しい声が聞こえた。
「玲、聞いたわ。いま夏野が龍樹さんを呼びに向かったから……ひとまず薬湯を作ってきたから、これを飲んで」
「……悪いな……」
「わかってるならいいのよ」
朱鷺子の声がいつもに比べて冷たいのは、俺が禁忌に手を出したと夏野から聞いたからだろう。俺は薬湯を飲み干し、また布団に潜り込む。熱が出て来たのか手足は氷みたいで、布団を引き寄せても震えが来るほど寒かった。
額に細く冷たい手の感触と同時に、朱鷺子の声。
「熱が出て来てるわね……盥に冷やす用の水と、手ぬぐいを持ってくるわね」
「朱鷺子さん、前に私が、南の谷の水牢から救出された後……あの時やってもらった温石療法だったら、少し玲の寒さが軽くなりませんか?」
薫の声。そんなこともあったなと、俺はうっすらと思い出す。
「いいわね。一緒に用意してくるわ。薫は少し玲についててあげて」
「一緒に行きますよ」
そう言って出て行こうとする薫の着物の袖を、思わず俺は必死でつかんでた。
「玲?」
「……おまえまで……行かなくていい……」
俺が小さな声でそれだけ言うと、朱鷺子が少し笑った気配がした。
「ついててあげて。いくつになっても、熱があるときは心細いものだから」
少し微笑んでいるような朱鷺子の声に、わかりましたと薫の声が続く。
「……かおる……」
名前を呼ぶと、薫はベッド脇に座り、俺の手を握った。
俺は思わずその手をきゅっと握り返して……我ながらしがみつくみたいだと認識して、苦笑して囁くみたいに呟いた。
「……悪い……俺、かっこ悪すぎ……」
かっこ悪い以上に、ある意味、最悪だなと思っていた。行ってほしくないとか、五歳とか六歳レベルの醜態だったが、俺の声を聞いて、薫はそっと囁いた。
「……大丈夫だよ。ごめんね、私、わかってなかった」
わかってなかったって、何が?
俺は薄く目をあけて薫を見る。薫は俺の目を覗き込むように見て……目が合った。
「私、玲に釣り合わないとかじゃないよね。玲がいつも私にしてくれてるみたいに、私も玲のそばに、ちゃんといるからね」
元気づけるように笑う。そんな薫に、俺はやたらとほっとしている。
「誕生日なのに、悪かったな……」
そう、誕生日だったんだ。この埋め合わせは元気になったら絶対にしてやる。回らない頭の中でそんなことを考えていたら、薫はもう一度きゅっと俺の冷たい手を握って、やさしく言った。
「大丈夫。守るとか大切とか、たくさん言葉をもらって、一緒にいたいって言ってもらって。それでも私が心配しないように、本当は絶対だめな、傷を舞の力で……」
言いながら、薫が泣きそうなことに気づいて、俺は思わず遮っている。
「……改めて言うなよ……はずかしくて気絶する……」
ちょっと笑う俺の汗で濡れた髪を、薫はそっと手拭いで拭いた。
「でも、こんなこと、もう、したらだめだよ。約束して。私も、もう自分を責めたりしない。なるべくちゃんと立つ、から」
一生懸命に言葉を紡ぐ薫に、俺はそっと伝えた。
「やりすぎたけど、……おまえが弱ってるときは、俺がいるし、って、言いたかったんだ……」
薫は頷いて、囁いた。
「……大好きだよ」
俺はなぜかひどく驚いて、薫を見つめる。薫はやさしい声で、続けた。
「玲には私がいるからね。夏野もいるし、もうすぐ龍樹さんも来るからね。大丈夫だよ」
薫の声は子守歌のように俺の心の奥を満たし、俺はありえないくらいほっとして……そのまま気絶するように、眠りに引き込まれた。
今まで、そんな風に、誰かいることで安心を感じていいなんて、思ったことがなかったんだ。




