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133. 玲の誓い ー玲と龍樹ー

玲視点です。

 薫の言葉で俺は驚くほど安らいだ気持ちになり、眠りに落ちていた。

 身体の奥が、まだずきずきと痛むのを感じながら、俺はさっきの夏野の激しい怒りを思い出していた。


『お前がやってはならない禁じ手を使うからだ!』


 あいつの怒鳴り声が頭の中で繰り返される。

 通常の俺なら、禁忌を破るなんてことは何があってもやらない。なのに、悪夢の恐怖に突き動かされ、暴走した結果がこれだ。皆の気持ちも、自分にかかる反動も、何も考えられなくなっていた。


 少し意識が浮上してきたとき、扉が静かに開いた。

 薄く目を開ける。

 白地に薄い灰色の模様が入った着物……そこに入ってきたのは龍樹……父さんだった。


 枕元で、薬草を煎じる音が聴こえてくる。


 均等なリズムがなつかしい。子どもの頃、二歳から六歳まで、俺は父さんと一緒に薬草採取の旅をしていた。幼い俺が熱を出したり、店に売る薬を煎じるとき、いつも近くにこの音があった。

 迷いのない手つき、いつも軽い父さんの目がこの時ばかりは真剣で、俺はその光景が大好きだった。


 どこか幸せな気持ちで思い出しながら、ゆっくり目を開けて父さんの手元を見つめる。


「……あいかわらず、きれいだな」


 俺のかすれた声に、父さんは視線を俺の方に流した。


「起きたか。気分は?」


「ちょっとましになってきた……」


 よいしょ、と起き上がろうとする。身体の奥は熱がこもってるみたいに熱いけど、さっきよりは幾分ましだ。父さんがそんな俺を静かに制した。


「もうちょっと時間かかるから、まだ寝てろ」


 素直に従ってベッドに沈む。父さんは薬草を煎じながら、優しく言った。


「夏野が玻璃(ハリ)に乗って呼びに来た。今まで見たことがねえくらい怒ってたが……」


 玻璃というのは、夏野の愛馬の名前だ。今までみたことがないくらい、か。たしかに。俺ですら、あれほど激怒した夏野を見たのは初めてだった。さっきの夏野の怒鳴り声を思い出す。禁忌を破った話も、勿論父さんに伝わってるだろう。


「怒らないの?」


 聞くと父さんは眉を上げ、おどけた様子で俺を見た。


「まあ、あれだけ夏野が怒ってたら、俺が連動して怒らなくてもいいかなと」


「なんだそれ」


 くっと笑う。ちょうど薬草を煎じ終えたらしい龍樹、かたんと器を台に置く。


「できた。ちょっと身体起こせるか?」


 俺はまだかなりだるさを感じながら、ゆっくりと身体を起こした。父さんのしっかりした腕が俺の背中と薬湯が入った器を支えてくれる。器をちょうどいい具合に傾けてくれて、俺は薬湯を焦らず一口ずつ飲んだ。苦いけど、懐かしい味だ。少し前に吐血した時、父さんが月零草(ゲツレイソウ)竜骨(リュウコツ)という漢方みたいな薬を調合してくれた。あの時も、こうやって飲ませてもらったな……。


「……この前、呼べと言ったろ?」


 龍樹の優しい声に、飲み終えた俺は答える。そう。吐血した時、次に何かあったら必ず呼べと言われてた。


「展開が急だったから……思い至らなかったんだ」


 無意識に拗ねた口調になった。龍樹は軽く笑った。

 思えば俺も、呪いの影響で思考回路がめちゃくちゃだった。悪夢と誰もいなくなる恐怖に支配されて、禁忌に手を出したら、その後、薫や父さんや夏野がどう思うかなんて、頭の片隅にもなくなっていた。


「まあ、よかった。今回は、この前吐血したときほど極限状態じゃねえからな」


「うん」


「ただ、絶対安静だ。今、一時的に熱は下がってるが、手足が冷え切ってるし、また上がるだろう。俺はお前が文句を言おうが、数日ここに泊まる」


「……そこまで?」


「当然だ」


 龍樹、自信満々に笑う。胸の奥が不思議に温かい感じがして、俺は思わず微笑んでいる。


「なんか……俺もかなり呪いでおかしくなってたんだけど」


「うん?」


 龍樹、優しく聞き返す。薬湯と父さんの声が、頭をクリアにしてくれた。


「いや……部屋なんかいっぱいあるんだから、好きなだけいたらいい。呪いの影響で、悪夢ばっか見てたんだけど……やっぱり夢って、自分の妄想だよな」


「……それはそうかもな」


「うん。……父さんと話して復活してきた……俺、もうちょっと寝る……」


「そりゃよかった。……ゆっくり眠りな」


「……うん……」


 目を開けていられなくなって、瞼を閉じた。久しぶりの安らかな眠りって感じがする。俺はずっと父さんに対して素直になれなかった。なのに今、六歳の頃みたいに父さんと話してる。自分の気持ちをまっすぐ伝えられてる。そんな簡単なことが、どうしてかずっとできてなかったんだ。


 父さんの声が、遠くに聞こえた。


「やっと、六歳の頃のままのお前と話した感じがするな……」


 うっすら微笑んで寝返りを打つ。氷が溶けて水が心に染みこむみたいに、夢の恐怖が少しずつ溶けていくことを感じていた。


 そして、今思えば恥ずかしすぎるが、さっき俺が薫の手をしがみつくみたいに握ったとき……いや、夏野が激昂したとき、父さんの薬を煎じる音を聞いたとき、そのすべての出来事が綺麗な雫みたいに胸を満たして、少しずつ俺を回復させる気がしていた。


 呪いになんか誰が負けるか。

 いつか絶対に、母さんに死をもたらした呪い、その根源をこの国からなくしてやる。

 そしてそれは、俺だけではなくて、薫も、夏野も、翡翠も、もしかしたら父さんの力も借りて、これから皆で取り組むことなのかもしれなかった。


 うっすらと自分の心の奥にあったその気持ちを改めて言葉にして、俺はその誓いを自分の心に刻むように瞳を閉じた。


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