130. 相殺
ずるりと。
力が抜け、意識を消失した玲が私に凭れるように倒れかかる。
「玲!」
舞の魔を祓う力を自分に使うことは禁忌。
私の脳裏に、ベッドタイムトークのときの翡翠の言葉が閃く。
どうしてこんなこと……!
慌てて玲をベッドに寝かせる。息が浅い。身体もつめたい……どうしたら。
そのとき、胸の奥に荒獅子の声が流れ星みたいに輝いた。
"おまえの炎で少し傷あとをなぞれ"
"光と闇は相殺できる"
"神官の光を闇の炎で相殺する"
"過剰に入った光を相殺することで神官は助かる"
炎で、傷跡を……?
私はおそるおそる、左手の掌に、水色の炎を出す。
その時、玲の手が、ベッドの脇に手をついていた私の右手首をきゅっと握った。
瞬間、声が。
玲の声が、頭の中に流れ込んできた。
(怖い)
震えるような玲の声。
同時に浮かんだのは、雪が舞う中で遠くなる、白っぽい着物姿の誰かの背中……龍樹さん?
(また、俺の前からいなくなる。)
ああ、と、私は悟るような気持ちになった。
浄化の滝で、玲が私に言ったこと。
『俺は薫と父さんには、めっちゃくちゃに期待する。それでこういうことになった時に心底腹立つし絶望する。意味わかるか?』
私はぜんぜんわかっていなかったのだ。
私がひとりで浄化の滝に行って、悪夢を見て探しに来た玲の目には、無人の速水邸が映った。
その私の行動が、幼い頃に感じた玲の恐怖を、呪いと一緒になって蘇らせてしまったのか。
それはおそらく、玲が、彼の心の奥深くに隠している消えない傷みたいなものだった。
幼い彼が見た映像と共に流れ込んできたその声は、ふりしぼるような響きで私の心に迫ってきた。ちょっと忘れられないかもと思うくらいに。
なるほど、と納得しながら私は思う。
だから、龍樹さんと一緒に住んだら楽しそう、と私が言ったときに、反応できなくて固まった。
どれほどひとりでがんばって、ここまで生きてきたんだろう、と思った。
玲の傍には夏野がいた。滝もいた。神殿の僧医の玄奥さんや清涼さんもいた。
それでも埋められない、はかりしれないほどの孤独。
それを、ほんの少しでも、私が埋められていたとしたら?
そこまで考えて私はひとつ頷き、掌に小さく発現した水色の炎で、荒獅子が言ったように、玲の腕にほんのうっすらと残っていた呪いの傷跡を、撫でるように触れた。
ちりっと傷跡がひかり、玲の呼吸が目に見えて楽になる。
私は少しだけほっとして息をつき、玲の耳元に囁きかけた。
「玲、待ってて。すぐ、夏野と朱鷺子さんを呼んでくる」
私は、夏野がいるはずの青の間に駆け出す。
私だけでは駄目だ。
皆で、このひとを、この切なくいとおしいたったひとりを、絶対に助けなければ。




