127. 円からのプレゼント
食後に玲とお茶を飲み、お風呂係の円ちゃんが、お風呂の準備が整ったと知らせに来てくれて、玲は男湯、私は女湯に入りに行った。
翡翠宮には、男女別れたお風呂と、家族風呂というのがあるのだ。
前に、訓練であまりに汚れた時に使わせてもらったことがあった。
ヒノキ風呂みたいな湯船で気持ちよく温まり、身体が緩んで、胸の奥に荒獅子のイメージがぼんやり浮かぶ。それは青い炎の形をとって、私の手のひらに現れそうになる。
それは最初の頃に夢で感じていたほど冷たくはなく、かえって私の心をあたためるみたいで、でもその時、私はまだ、気をゆるめちゃだめだ。常に気を張って制御しなきゃ。と思いながら、お風呂から上がった。
その、気を張ってコントロールしなければという思いは、自分で考えている以上に私に重荷としてのしかかっていたみたいだ。誕生日のランチがうれしくて心が緩み、お風呂で身体が緩んだ分、私は少し弱気になって、なぜだか目に涙が浮かぶ。
自分でも気持ちが行ったり来たりだ。しょうがないなあ私は、と内心で思う。
着物を身につけながら、がんばれ薫、と心の中でつぶやいていたら、ひょい、と円ちゃんが顔を見せた。
「薫さま、お湯加減いかがでした……?」
言いながらそっと更衣室に入ってくる円ちゃんは、今日もほんわかとしていて優しい感じだ。 私はひとまず顔を拭いてにこっと笑ってみせる。
「ありがと、円ちゃん。すごく気持ちよかったよ」
でも、言いながら、ぽろりと一粒涙が零れた。 円ちゃんは一瞬びっくりしたように私を見て、私たちはしばらく黙って見つめ合う。 すると、ふわっと笑って円ちゃんは言った。
「薫さま、ちょっとこの藤の丸椅子に座ってください。お誕生日と聞いて、簡単なものなんですがこれを持ってきたんです」
見ると、円ちゃんの手に、小さな水引で作られた飾りがついた簪のような髪飾りが握られていた。
「ありがとう……」
「私、髪を拭いてつけてあげますね!」
うきうきと円ちゃんが言うので、そのままお願いすることにした。 私の背中側で髪を拭いて、櫛でといてくれながら、立っている円ちゃんの柔らかい声が頭の上から聞こえてくる。
「最初に翡翠宮に入ったとき、午後だったんですが、桔梗さんに案内していただいていたときに、湖のそばで鍛錬されてる滝さまと薫さまを見たんです」
「えっそうなんだ。結構負けてたでしょ? 私」
私の言葉に、円ちゃんはくすくす笑う。
「ぜんぜん対等でした! 負けるもなにも、女のひとで滝さまと剣を打ち合える方がいらっしゃるのが衝撃で……。驚いて見ていた時に、玲さまにお会いしたんです。桔梗さんが紹介してくださって。
そうしたら、玲さま、すごく優しくお二人を見て、こう言われたんです。
滝と一緒に打ち合ってるのは薫と言って、俺の大事なひとなんだ。いつも一生懸命がんばってるんだけど、ここには女友達があまりいないから、円も仲良くしてやってほしい、って。薫さまとお話できることを、私、楽しみにしてたんです」
つくづく思う。
玲の手配の良さ。そして、思いやりってこういうことを言うのだと。
「薫さまは、玲さまのどこがいちばんお好きなんですか?」
気持ちいい……と、髪を拭いてくれる円ちゃんに身をまかせていた私、その言葉にふと考えた。 沈黙する私に焦った感じの円ちゃんの声。
「あっ、玲さまは声もお姿も、舞も……全部素敵なんですけど!」
私は首を傾げる。
「うん。玲は皆に見せてるところは完璧だよね……。いちばん、ってどこかなって思ってちょっと考えてた。なんかね。すごくかわいいって思う時があって、……でも、いつも、じつは必死なところがあるっていうか……すごく切ないって思うんだ、玲を見てると」
「玲さまが、薫さまを大事なひと、って言われたのと似てますね」
「……そうかな」
「ですよ!」
そのとき、かちっと心の中で、符牒があった感じがした。 ただ、好きなんだ。私は、玲のことが。 それで、大事にしたくて一人で浄化の滝に行ってしまって、なぜだか玲を傷付けた。それはもしかしたら、私を日本に置いて風雅の国に戻ってきたときの玲も、似たことを考えたんじゃないかと初めて気付いたことだった。
さ、できましたよ、と言う円ちゃんを振り向いて、私は言った。いつの間にか、円ちゃんの声で言葉で、涙が少し収まっていた。
「ありがとう。円ちゃんと知り合えて、話せて、私もすごくうれしいよ」
皆からもらってばっかりだ。私はちゃんと立ってなきゃ。 そうしたら円ちゃんはにっこり笑った。
「これからもよろしくお願いしますね」
「こちらこそ」
私もつられて、にっこり笑った。




