125. 鼻にキスして笑い合う
お互い、浄化の湧き水を飲んで、胸の奥がすっきりしていた。
私はもう一度その湧き水を竹筒に汲んで、これは帰ってからもう一回玲が飲んだらいいよと言ったら、玲も素直にうんと頷いた。
そして、私の手を引いて、馬たちの方に戻りながら、玲は言った。
「……もし、おまえが俺のためを思ってどこかに行こうとか、無いと思いたいけど、いなくなろうとか思ったときは……」
そんなことは思っていなかった。でも、ずっと役に立たなければと思っていた心の裏で、逆に、役に立たなくなったらという恐怖があったことは本当だった。
言葉を失う私に、玲は続けた。
「そうじゃないんだ。 前にも言ったかもしれないけど、俺には薫が必要なんだ」
低くそう言って、顔を合わせずに私の手を引いて前を歩く。でも、その玲の肩が震えたことがわかって、私はきゅっと彼の手を少しつよく握った。
捨てられた子猫みたいな玲。
そう。日本にいた頃から思ってた。 この人、かわいい。そして切ない、って。
「ごめんね、心配させた……」
思わず謝る私に、 玲が少し首を振ったことがわかった。彼は私の方を振り向かないままで言う。
「べつに謝らなくていい。俺も、うまくおまえを守ったり、できてねえから」
洞窟から滝の裏を抜け、日光の下に出た。
響く玲の声に、私は少し首を傾げて。
「玲」
名前を呼んだら、玲が振り返って、目が合う。 なんだか泣きそうだって思った。私じゃなくて玲の方が。 私はそっと彼の手を引き寄せて、少し背伸びして、自分から玲の鼻の頭にキスしてた。 彼は驚いたように沈黙してふふっと笑う。
「鼻って、あたらしいな」
そうだね、と私も笑った。
◇
「大体、『助け手』って役割を気にしすぎなんじゃないか?」
玲は私の手を引いて、紅玉と天藍がお利口に佇んでいる方につれて行く。
「紅玉、お待たせ。天藍も」
声をかけると、紅玉、私を見て優しくぶるんと喉を鳴らすような鳴き声を出す。
玲が紅玉のきらきら光る綺麗な金のたてがみを撫でて、私の方を振り向いた。
「紅玉も困るよなあ? 薫がいないと」
紅玉、ヒヒンと頷くみたいに軽くいなないた。玲は言った。
「おまえは助け手ってことでこの世界に来たけど……日本にいたときに、もう俺のことを助けてたんだ。そしてこっちに来て戦も終わらせた。それで十分だろ?
だったら、余裕があるときはまた何か助けるし、余力ないときは、俺や皆から助けてもらったらいい。そういうもんだと俺は思うけど」
にっこり笑う。
「舞とかやってると……気持ちとか、そのひとの役割とか、そういうのって、循環していくものだって俺は思ってて。だから、おまえが弱ってたら助けたいし、俺がだめなときは助けてくれたらうれしい」
さっき、私が鼻にキスして笑い合ったことで、なんだか玲も少し、気持ち的に回復してきたみたいだった。
そして、循環って。
郁と同じことを言った。
偶然? それとも舞をやっているとそういう境地になるのかな?
でも、どっちでもいいやと私は思って……胸がいっぱいになって、ただ黙って頷いた。不思議と、紅玉と天藍が、ブルンと私と同時に軽く声をあげて、私と玲は笑って彼らの首を優しく撫でた。




