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124. かけねのない愛情みたいな

 (アキラ)の背中が微かに震えていることが触れる手を通して伝わってきた。


 怖かったの?

 私が自然に彼の背中をそっと撫でると、彼は苦笑したような声で続けた。


「ほんっと、わかっちゃいないんだよな。俺がいつも、どれほど理性的に振る舞ってるか……」 


 玲の私への情愛みたいなものが心底伝わってきて、私はぐっと来る。思わず本音を言っていた。


「私、玲がちょっとでも、楽になったらその方がいいって、思って」


「うん」


 玲はただ、頷いた。


「それで、ここのお水が身体にいいならと思って来ちゃったんだけど……迷惑だった……?」


 私の言葉に、玲は顔を上げて、少し考えるように眉根を寄せた。


「迷惑とか思ってねえし。ただ、薫がいなくて……また呪いが再発して、どっかで倒れてたらと思って……黙って言えずに行かせちまう俺にも、呪いにも、めちゃくちゃ腹が立ったんだ……」


 叱られた子どもみたいに視線を落として玲が言う。


「……発狂するかと思った……」


「しないよ、玲は」


 私が思わず笑うと、身体を離して、憮然としたように彼は言った。


「するかもしれないだろ、孤独とか絶望とか怒りとか重なりすぎたら」


 私が知る限り、かなり精神強いと思ってるけどな。龍樹さんのこと以外では。違うのかな。 そうしたら。玲は続けた。


「この前、俺は期待しないって言ったけど。訂正する。 俺は薫と父さんには、めっちゃくちゃに期待する。それでこういうことになった時に心底腹立つし絶望する。意味わかるか?」


 期待するってその言葉で、玲の不器用な愛みたいなものが伝わって再び泣けてきて、私は黙って頷いた。 玲はちょっと苛々した風情で、でも黙ってもう一度、そっと私の涙に口づける。


「砂まみれだし、汚いよ...」


「汚くない。誰よりもかわいい」


「かわいく、ないよ」


「こないだナンパされてただろ」


 和菓子屋の千歳(チトセ)という人との一件を思い出して、私はちょっと笑ってしまう。


「あれは誰にでもやる人なんだよ、きっと」


「いや、ちがう」


 駄々っ子みたいに玲が言って、わたしは目を丸くした。


「おまえはなんっにもわかっちゃいないんだ。あの団子屋もそうだ。そして、俺が、おまえの中に住んでて夢で会ってるって風狼(カゼオオカミ)にどう思ってるか!」


「夢で会ってないし」


「似たようなもんだろ」


「玲も一緒にいること多いし」


 言ったら、ぽかんと玲は私を見た。


「え、そうなのか」


「最初! 私、夢で炎を玲にぶつけようとして、必死で逸らして! でも、それは荒獅子(アラジシ)がやってたってわかった……。だから、使い方とか、夢で対話できないかなって思ってる」


 玲は、ふうと息をついて、そのまま私の上体を抱き寄せた。


「今度から、言えよ、そういうの……訳がわからないようなことが起きてる時に、ひとりで耐えてがんばることないだろ?」


「うん」


 玲の香の匂いに、なんだか心底ほっとした気持ちになって私は笑った。


「玲の香の匂い、めちゃくちゃほっとする。あのね、これ、汲んでたんだ」


 水を汲んで腰に結んでいた竹筒を差し出すと、ああ、と呟いて、玲がゆっくりそれを飲み干した。そして、少し微笑んで言った。


「さすが、飲むとすっきりするな。……すぐ戻る。ちょっと待ってて」


「うん?」


 たっと走って、洞窟の少し奥に入っていく。私は寝不足だったこともあり、さすがに疲れてきて、目を閉じて半分意識が朦朧としている。 そうしたら、走って戻ってくる足音がして、


「かおる」 優しく、名前を呼ばれた。


「うん……」


 目を開けると、さっきの竹筒にもう一度、綺麗な水が並々とそそがれていた。


「おまえも飲んだらいい。ちょっと疲れとか回復するから」


「もう一回、玲が飲みなよ」


「俺はさっきもらったから。次は薫の番だろ」


 促されてゆっくり飲むと、本当にパワーチャージされるような感じがした。

 そして、わかった。

 相談せずにひとりで決めてひとりで来たら、玲は傷つくことがあるんだ。


 この前、西の砦で思い出した郁兄(イクニイ)の言葉が頭の裏に響く。


"薫が先に話してて、僕が待って、その後で僕が話すのは、薫は嫌じゃないだろ?"


 そういうことだった。郁がいつもしてくれてたこと。私を待ってくれていた。

 私が! って、自分が先に出るだけではなくて、ちょっと待って、相手の意見も聞いて動く。


 それは、相手を尊重するということだった。

 それは郁だけではなくて、玲も、いつも私にやってくれてることだったんだ。


 私は、その澄んだ水と一緒に、玲のかけねのない愛情みたいなものが身体に流れ込んできたような気持ちになって、彼と目を合わせて微笑んだ。

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