123. ご立腹神官の我慢の限界
ここから再び、薫視点となります。
浄化の滝に到着して、その美しく落ちていく透明な水流を見つめていたら、何か無になったような不思議な心持ちになった。
私の中には荒獅子の、闇の力が入ってしまった。光の力を持ってる玲とは相容れないだろうか?
でも、荒獅子が、炎は私のものに変質したから色が変わったと言っていた。
そう考えたら、闇の力を持っていても、玲を助けることはできるかもしれない。
できないかもしれない。だめかもと思うことは怖い。それでも。
前にここに来た時は、うっすらとすべて投げ出したい気持ちに支配された。
でも今は、関わりたいと思ってる。
もし玲が嫌だったときはまた考えよう。何より私自身が、彼にとって害を成すモノのままでいたくない。
浄化の滝を目指して紅玉を走らせていた道中、考えに考えた結論は、そういうことだった。
無事に湧き水を見つけて水を汲み、帰る前にもう一度滝を眺めていたその時。
後ろから、泣けるほど大好きな声が聞こえて、一瞬夢かと思った。
「滝壺に落ちたら上がってこれねえから、絶対落ちるなよ」
背後からの静かな声にどきんと心臓が脈打った。
足早に近づいてくる足音。
「え、……玲?」
驚いて振り向くと、夢ではなかった。玲が厳しい視線で私に歩み寄り、背中から抱きすくめられてた。
「なんでここにいるの? ランチまでには帰ろうと思って……体調、昨日よりよくなった?」
素直な気持ちでそう聞くと、玲、はあとため息をつく。今日もやっぱり身体が熱い……無理してここまで来ちゃったのかな、と考えていたら、少し怒ったような玲の声。
「……ちょっと来いよ」
それだけ言って、浄化の滝のそばから少し離れて。幾筋もの水が流れ落ちている滝の裏、洞窟の入り口まで私の手を引いて連れて行き、少し強い力で私を土壁に寄りかからせた。壁ドンされてる。一体何が起こっているかわからないままで、私は玲を見つめた。
いくつかのやり取りの後で。玲は私の目の前に屈み、私を見上げるように見つめて、言った。その綺麗な瞳に私が映っているのが見える。
「めちゃくちゃ腹立ってるから、好きなようにする」
そう言うなり、すぐに。 彼は柔らかく、私に口づけていた。最初は、私の手の甲に。めちゃくちゃ怒ってるって言葉とは裏腹に、そっと、この上なく優しく。
「……ちょっ、……あ、あの、玲」
「聞かない。今のは風雅の国の慣習で、あなたに敬意を払います、って意味」
「敬意って……、そんな」
「そんな、何」
次は額にキスされて、私の目は思わず潤む。
「額は、あなたを守ります、って意味」
なんでそんな意味があるの!
私は思わず顔がまっ赤になっているのを感じている。
玲はゆっくりと、次は頬に口づけた。
「頬は、大切です、って意味」
言われて、ぼろっと涙が零れた。玲は私の涙をぺろりと舐めて、
「涙に口づけるときの意味は聞いたことねえな」
少し笑って呟いている。……実は天然の、女たらしなんじゃないの? この人!
「もう! いいから! それほんとなの? 今作ってるの?」
「こういうことを作れるほど俺は詩人じゃない」
そう言って、ちょっと身体を離して、まっすぐに私を見た。
「唇は、結婚してください」
そっと口づける。
本当でもうそでも、なんだかどうでもよくなっていた。
「……今はここまでにしとくな」
玲は優しく微笑み、私をそっと抱きしめた。
「続きは本当に結婚した後にするから……ちょっとだけこのまま……」
私の肩に額を押し当てて、吐息と一緒に玲が囁く。 その声で、玲の優しさと切実さが身体に響くみたいになって、その上、彼の背中は震えていた。




