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121. 戦慄と求める心

玲視点です。

 朝食も食べずに急いで速水邸に行ったら、案の定と言うべきか、そこはもぬけの殻だった。

 少し走っただけで息があがる。正直言って、あまり体調も回復していなかったが仕方ない。


「お邪魔します……」


 一応、そう口にしながら草履を脱ぎ、囲炉裏の部屋に上がるが火の気もない。

 薫がいつも寝ているはずの客間を覗くと、綺麗に布団も浴衣も畳まれていた。

 布団は押し入れに上げずに、畳んだまま……。


 おそらく朝食の支度はしていない。

 そんなに急いで、どこに行った?


 部屋を見回すと、文机の上に、箇条書きで書かれた紙が一枚置いてある。

 手に取ると、それは端的に記された、ここ最近の日記のようだった。


 本当はこういうものを勝手に見るのはよくないだろうけど……ざっと目を走らせる。


「五月十五日 玲と浄化の滝に行った後、翡翠宮へのお誘いは断った。まずは速水の家で、きちんと生活していく……」


 きちんと生活できてるだろう? と思う。

 これ以上何を望んでいたのか、それとも、心に引っかかるものがあったのか?

 馬車の中で聞いた、釣り合わないという話だろうか。


「五月十六日 ホームシックな一日。でも玲から着物屋さんへのお誘い、うれしい」


 そう。父さんの家で誕生日ケーキを食べた夜、ホームシックだったと言っていた。俺には言わねえんだよな。そんなに頼りないのかと内心思ってたんだ。


「五月十七日 楽しい一日!」


 着物を作りに行って、和菓子屋に寄って、(マドカ)を紹介して夏野(カヤ)と菓子を食った日か。たしかに楽しかった。俺がちょっと和菓子屋の男子にやきもちを焼いたりして、翡翠宮に戻った後、夏野から父さんに恋人だと紹介しろとかなんとか言われたっけ。薫もにこにこしていて、安心してたんだ。


 その後は単語の羅列(ラレツ)だった。


「五月十八日 夢

 五月十九日 炎

 五月二十日 悪夢……」


 夢にうなされていた。ひとりで抱えてたと思うと、胸の奥に氷がすべり降りるみたいな寒々しさを感じる。今更だが、頼むから言ってくれという気持ちだ。俺は続きも目を通す。あとはたぶん、昨日帰ってきてから書いたのか。


「五月二一日 傷が悪化、龍樹さんの家へ。

 五月二二日 西の砦へ

 五月二三日 浄化の儀式

 五月二四日 帰宅

 五月二五日、浄化の滝に湧き水をくみに行く……」


 二五日、今朝だ。

 わざわざ書いてから行ったということに礼を言うべきなのか。

 何があった? また呪いの傷が復活したのか? 苦しかったり痛かったりするんだろうか。


「ひとりで行くなと言ったのに!」


 俺は薫に何が起こったのかわからない恐怖と、行き先が確定した安心、しかし浄化の滝は危険もある場所だといういくつもの気持ちの狭間(ハザマ)で、すぐに追いかけなければと、厩舎に向かって駆け出していた。


 気持ちよく、綺麗に晴れた日だったことが救いだった。

 だが、夢見も最悪だったし、朝も薬を飲んだものの、体調がそれほど回復したわけではなかった。


 薫がいない。


 それは、呪いの影響もあり、俺の心に耐えがたい恐怖として刻まれていた。




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