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120. 運命の人

玲視点です。

 幼い頃、何か弱るようなことがあると、雪が降りやまない夢をよく見ていた。


 最初にそれを軽くしてくれたのは夏野(カヤ)だった。六歳から神殿で、兄弟みたいにして育った親友だ。

 そして、その雪を消してくれたのは薫だった。


 綺麗に晴れた空みたいだ。薫と初めて会ったときにそう思った。一緒に過ごすうちに、俺の心にかかった暗い雲をどんどんはらってくれた薫は、父さんに次ぐ風雅の国の助け手だった。


 好きな人とか恋人とか、言葉ではあらわせない、たった一人の大切な人なんだ。



 薫は俺にとって、出会うことも好きになることも、もしかしたら俺のことを好きになってくれたことでさえ、自分の意志を超越したところで、何かあらがえない力で決められていたと思うほどの存在だった。



     ◇



 呪いの影響か、明け方に悪夢を見た。

 今朝の夢の中では、雪は降っていなかった。

 その代わりと言ってはなんだが、空は暗い雲に覆われ、雨が降り出していた。呪いの獣は湿気に強く、雨の日や霧の日に出没することが多くある。俺は薫と一緒に、深い森の中を歩いていた。


 ああ、この夢、知ってる。


 日本で、去年のちょうど今頃……体育祭の前後。薫が自分の誕生日を俺に言い出せなかった頃だ。

 高校に入学して、俺は、どうにか正体を隠しながら学校に通っていた。薫と知り合い、入学式から一緒に通学していたが、さすがに疲れが出て、五月の連休は熱を出して寝込んでいた。


 ちょうど、俺に食事を作りに来てくれた祖母と薫がばったり会って、薫が二日連続で見舞いに来て、初めて薫にキスしてしまったのもその時だった。


 薫が口ずさんでいた歌で、見続けていた夢の雪が消えてほっとして、俺はつくづくと実感していた。これほど自分が、初対面で惹かれて日々懇意になり、今まで十年超にわたる夢の雪を溶かした薫は、翡翠にそっくりな容貌であることを除いても、風雅の国の助け手に他ならないと。


 しかし、とも俺は思った。

 翡翠の身代わりとして、彼女を連れて行けるのだろうか? 翡翠は、姫将軍として東軍を率いる立場にあった。薫は、日本ではごく普通の高校生だ。


 他の女子たちよりも、勇敢だとか、運動神経が良いとか、勘が良いという利点はある。だが、それだけで、薫を風雅の国へ連れて行っていいのか? 自分は、そう、俺自身は戦闘や刺客、他の何かで薫を狙う者が現れた時に、いったい、対応できるのか? 


 そう考えたその夜……まあ、熱がまだ下がってなくて弱っていたこともあるが、俺は、翡翠の代役として風雅の国に連れ帰った薫が、刺客に斬られる夢を見た。


 それから数週間、薫と接する時に一歩引いた感じになって、必要以上に薫を不安にさせたんだよな……。

 その、薫が刺客にやられる夢の情景と、今回の夢はひどく似ていた。




 暗雲が垂れ込め雨が降り出した森、鬱蒼(ウッソウ)とした木々の奥深くに、俺は薫と二人で分け入って行く。そして夢の中に、風狼(カゼオオカミ)があらわれた。


 俺は刀を抜こうとするが、抜けない?! どうして、と思った瞬間、薫がその掌から、薫そのものみたいな水色の炎を出して獣に飛ばした。

 一発が当たり、キャイン! と犬が鳴くような悲鳴をあげて風狼が飛び退く。

 だが倒れない。俺の刀は抜けない。仕方なく俺は木刀のように、鞘ごと刀を振りかざす。


 薫はもう一発炎を出そうと構えている。


「薫、待て! それ使いすぎたら駄目だ!」


 制止も聞かず、薫が二発目の炎を風狼にぶつけるのと、俺がその獣の身体に刀をぶち当てるのとが同時だった。霧散する呪いの獣。どうにか倒した……!


 振り返った俺の目に、薫の姿が見えない。呆然と視線を落とすと、いつもの淡いオレンジ色の着物が背の高い草の隙間から見えた。雨が降って地面は泥水で汚れているのに、倒れ伏して起き上がらない薫の姿にぞっとした。


「……薫!」


 そして、自分の声で目が覚めた。

 汗でびっしょりだ。息も荒く、身体が重い。すぐには起き上がれなかった。


「……ゆめ……」


 ゆっくり起き上がるが、まだ息が乱れたままだ。身体の奥が凍り付くみたいに冷たい。俺は必死で呼吸を整えて、昨夜、朱鷺子から朝起きてからも飲むよう言われていた薬湯の残りを一気に飲み干す。

 どうにか身体を動かせるようになり、ほっと息をついて寝台から下りた。


 なるほど。こういう夢を見せられるのか。

 薫がどんな夢を見ていたのか俺は知らないが。


「許せねえな」


 呟いて、俺は立ち上がる。

 何より、こんな目覚め最悪の夢をおそらく薫にも見せた、呪いそのものが許せなかった。


 そして、妙な胸騒ぎがしていた。

 昨日、俺の体調は正直よくなかった。薫が心配していたことも、その視線から知っていた。自分でも早く回復しなければと思って、今日の昼飯の約束だけして翡翠宮に戻ったが……。


「まさか、何か変なこと考えてねえよな、あいつ……」


 まだ身体が重かったが、着替えた俺は悪い予感がして速水邸へと向かった。



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