116. 玲のジェラシーと微かな抱擁
翡翠宮に帰って来たのは夕方だった。
滝は馬車を片付けると言って去り、玲が私を速水邸まで送ってくれた。
「お茶飲んで行くなら、お湯わかすよ?」
私がそう言って振り返ると、玲はやさしく首を振る。
「明日、誕生日だろ? 疲れてるだろうし、明日の姫教育は、休みにするからさ。昼食、一緒に食べようぜ」
誘われて、私は少し笑った。
「ありがと、玲」
私は玲の体調も少し気になっていて、どこか上の空な感じになっていた。
翡翠宮に戻って来る道中で、私の膝を枕みたいにしてすやすや眠っていた玲。彼の少し冷たい手が気になって、手を軽く握って私も少しうとうとしていた時、星の欠片みたいに心の奥に滑り込んできた映像があった。
夢の中でも、私の隣には玲が座っていた。そして、目の前にあの人狼……荒獅子が、片膝を立てるような座り方をしていた。
私は玲の隣で、夢の中でも、彼の手を握っていた。ただ黙って、座っていただけの夢だった。
速水邸の門柱に、少し気だるげに寄りかかり、ふと玲が言った。
「なんか、おぼろげだったんだけど……おまえと、その風狼の王? 三人でにらみ合ってるっていうか……黙って座ってる夢みたんだけど」
同じ夢見てたのか。手をつないでたから?
私は驚いて玲を見つめる。すると、彼は何かちょっと悔しそうな雰囲気で、言った。
「なんか、……年寄りだけど、妙に顔がいいって言うか……格好良いとか、思ってるか? あいつのこと」
私はその言葉に一瞬ぽかんとして少し笑う。
何それ。やきもちなの? もしかして。
「ああ……初老の男の人だなって思ってて……まあ、どちらかって言ったらイケメン枠?」
「…………」
玲は不機嫌そうに黙る。私が夢の情景を思い返しながら見上げると、玲と目があって、私たちは速水邸の裏口の門扉の内側で、しばらく見つめ合っていた。
どうしてか、離れがたかった。
私が黙って彼を見つめていると、玲が静かに動いて私の肩に触れ、そのまま、きゅっと抱きしめた。
私は玲の香の匂いを胸いっぱいに吸い込む。頬に触れた首筋が少し熱い。傷のことと馬車の揺れで疲れて、玲は少し熱が出ているのかもしれなかった。
「……玲、熱い……部屋まで送って行こうか?」
私が囁くように言うと、玲は静かに首を振って。
「いや、ちょっと疲れただけだから、今日は早く寝る。明日にはよくなってる……」
私は、彼の背中に腕を回して、私からも軽くハグする。あまり負担をかけたくなかった。でも、気持ちや、私が取り戻しつつあったパワーみたいなものをちょっとでも玲に分けられたらと思った。
……と、玲はふと息をついて、ゆっくり身体を離して。
「これ以上こうしてたら、理性に負けておまえを襲いそうだ」
私は思わず少し笑う。
「何それ。別に襲っても……」
言いかけたら、玲は少し微笑んで、私の額に軽くキスをした。
「今日はこれでがまんしとく。また明日な。絶対昼飯一緒に食おうな」
念を押されて、私は笑って頷いた。
「朱鷺子さんに薬湯もらってね」
「そうする」
そうして、私と玲は別れて、私は速水邸の中に入った。
理性に負けるとか言ってた……。それも荒獅子へのやきもちだとしたら、玲、ほんとうに可愛すぎるな、なんて思いながら。
ここ一週間の中で、それは不思議なくらい、私の心を温めていた。




