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115. 馬車の中、薫の場合

「飼い慣らせばいい」


 部屋に泊まりに来てくれて、隣で他愛ないおしゃべりをたくさんしていたとき、翡翠が言った。

 その夜の夢で、風狼の王・荒獅子(アラジシ)と戦ってみたら、接戦の結果、私は勝つことができた。


 飼い慣らす?

 そんなことができるのかわからないけれど、荒獅子は『おまえ次第だ』みたいなことを言っていた。



 朝ごはんは西の砦でいただいて、翡翠と西羅(サイラ)にお礼を伝え、(ハヤセ)が御者をして(アキラ)と私は馬車に乗り、翡翠宮への帰途についた。西の砦に来る時は、私の具合が万全じゃなかったこともあって玲の隣に座っていたけれど、今日はなんとなく向かい合って座っていた。


 昨日、私が操られて玲につけてしまった腕の傷は、翡翠の癒しの光で塞がったと聞いたけれど、包帯が痛々しく巻かれている。あまり調子がよくないのか、玲の顔色も良くなくて、出発した頃から彼はずっと、何か考えるようにして、窓の外を眺めていた。


 私はかなり回復していたけれど、まだ少し身体が重かった。疲れたよね。色んなことがありすぎて。と心の中で呟きながら、顔色が少し青白く見える玲をそっと見つめる。


 私が早く相談していたら、玲が怪我をすることもなかったんだよね……。

 そう考えると、大丈夫だと皆から言われて消えたはずの罪悪感が、また大きくなってくる。


 なんだか沈黙に耐えられなくなって、私は口を開いた。


「……玲、お願いがあります」


「なに急に……おまえがお願いって珍しいな。何?」


 私の方を見て少し笑う玲に、そっと言った。


「となりに座ってもいい?」


「どうぞ」


 玲、少し窓際に身体をよせて私が座りやすいように場所を空けてくれる。私は席を移り、黙って彼の隣に座った。


「それだけ?」


「いえ、まだあります」


「……なんで敬語なんだ?」


 玲は不思議そうに笑う。私はなぜだか、この笑顔をなくしちゃだめだって強い気持ちがわき上がり、思い切って玲の肩をぐいっと私の肩に引き寄せた。龍樹さんのお家に行くとき、こんな風にしてくれて心底安心したんだ。お返ししなきゃって思った。


「具合が悪いのはわかっています。着くまで私によりかかって! 休んで!

 なんなら、膝に頭を乗せてください!」


 されるがままになっていた玲はまた笑う。


「新しいやり方だな」


「だって、玲、顔色悪い……」


 私は急に涙目になってしまう。私のせいだって思わないようにしようとしていても、どうしても引き戻されちゃうんだ。それは私の弱さで、忌避すべきところかもしれない。それがあって呪いを強めたのかも。でも。


「そこで泣くなよ……泣かないでくれ。頼むから」


 ちょっと慌てたような玲の声に、私は思っていることを言ってしまう。


「だって。私のせいなんだもん。でも、私は決めたから! 玲に釣り合わないとかもう思わない! 私はもうちょっと自信持って、もっとがんばるから!」


「は?」


 それを聞いた玲は驚いた顔をして、少し頭を上げて私を覗き込んだ。


「釣り合わないって何の話?」


「玲の舞が! あまりにも綺麗だったから!」


 祝宴(シュクエン)の夜、星空が降ってくるみたいだった玲の神官の舞が頭に浮かぶ。あの神々しい姿に、私は不釣り合いなんじゃないかって、怖かったんだ。そしてそれは、呪いを助長させる一つのきっかけになってしまった。聞いていた玲は、ああ……と頷いた。


「まあ、あれは特殊技能だから……おまえの世界の歌舞伎とか、ああいう感じのさ」


 否定しない玲に私は少し笑ってしまった。すると、私の笑顔を見て、ほっとしたように彼は言った。


「薫もきれいだぜ?」


 玲、するりと言って、いたずらっぽく笑う。不意打ちで私の顔は真っ赤になっている。翡翠が言ってくれた、薫も宝石の原石と思うって言葉が頭に浮かんだけれど、顔が熱くなるのはおさまらない。頬を押さえていたら、玲がふわあとあくびをして、言葉を続けた。


「それに、それ以上がんばらなくていい。俺の方がおまえに追いつけない……」


 玲の声が、だんだん眠そうになる。


「あ~……じゃあ、お言葉に甘えます」


 玲もなぜか敬語になって、そっと私の膝に頭を乗せる。柔らかい黒髪、温かい重みが膝に伝わって、私の鼓動は速くなる。彼は目を閉じて、静かに言った。


「気持ちいい……」


 うっとりするようにそう言って、少しの沈黙の後、思い出したように言葉を続けた。


「帰ってから言おうかと思ってたけど……翡翠と一緒に、西の砦の書庫で巻物を調べて……風狼(カゼオオカミ)から傷を受けた人間が、その呪いを浄化した後に、俺の父さんみたいに手から炎が出て、それを攻撃に使えるようになったことが過去もあったらしいんだ……」


「そうなんだ。龍樹さんも攻撃に使ったりしたこと、あるのかな?」


「うん……それも確認しなきゃな。

 ただ、取り込んだ風狼の大きさによって、その炎を使いすぎると、使った人間の生命力を削ると書いてあった……。(ハヤセ)が北の森で斬った風狼は相当大きかったって話だから、その力が大きすぎたらおまえの命が危い……もし炎を武器みたいに使えるとなっても、一~二回が限度かもな……。父さんにも、神殿にも聞いてみようと思ってる……」


 それだけ言って、胸のつかえが降りたのか、玲はすやすやと眠り始めた。私はそっと、玲の柔らかい黒髪を撫でる。夢にまた荒獅子が出てきたら聞いてみよう。何かわかることがあるかもしれない。


 飼い慣らすとまでいかなくても、今朝の夢で会話はできたのだから。

 

 馬車がカタカタ揺れる中、御者をしてくれている滝が馬に声をかけているのが遠くで響く。玲の寝息が静かで、愛おしかった。


「……がんばれ薫」


 私はそんな玲の気持ちよさそうな寝顔を見ながら、自分自身を勇気づけるように呟いた。


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