第29話:エリンの複雑な心中
私はエリン・ロンドニア。
アルシア帝国ロンドニア公爵家の末っ子として産まれた。
甘やかされて育った私はやんちゃに育ち、同じく公爵家であり幼馴染のヴァルター・エルンストと共に冒険者として独立した。
アルシア帝国は冒険者ギルド本部を擁することから、冒険者文化・ダンジョン探索の中心地としての側面を持っている。
軍事力や経済力も強大で、「冒険者の都」とも呼ばれる首都アルシアは、世界各地の人材・魔導具・文化が集まる大都市圏を形成していた。
なので貴族家の後継者以外は、冒険者として立身出世を目指す者も数多くいるため、問題にはならなかった。
私は小さな頃から可愛くて将来有望と見られており、他家から婚姻を願う声も多かったので、嘆いた貴族は多かったようであったが――
――それが嫌だから冒険者になったというのもある。
昔から、どうしても男性を好きになれなかった。
性的指向として、女性にしか魅力を感じないのだ。
そんな中、貴族として自由恋愛を禁じられるのは我慢ならず、冒険者に憧れるのは当然だった。
同年代で関わりのあった少年たちが、こぞって大きくなったら嫁にしてやると言っていたが、興味がなかった。
幼馴染のヴァルは昔から生真面目で、本当に貴族なのかと疑うくらい、人を色眼鏡で見ない。
相棒として今まで一緒に生きてきたくらいには気も許しているし、【狂戦士】のスキル、【欲望を糧に】の代償を解消するために、身を任せることもある。
お互い、性欲を手軽に解消するにはそれが一番手軽で、対外的にヴァルの女として扱われていたこともあり、むしろ都合が良いので男除けとして頑張ってもらっている。
身体の関係を持つと、ある程度の情も湧くもので、初めてした時から、次第にヴァルと呼ぶようになった。
行為中に制止する際、一々ヴァルターと呼べず、ヴァルと短縮していたら定着した形だ。
――代償の所為だとしても激し過ぎだった。
今では【欲望を糧に】の代償中でも理性的に振る舞えているが、昔はまさにケダモノで、代償に呑まれた彼に押し倒された夜は、強引に抱かれることもあった。
ヴァルはその後で激しく落ち込み、真剣に謝るので許したが、他の男であれば殺していただろう。
あの頃は私もヴァルも若かったので、多少衝突もしたけど、解決しながらここまで来たんだなと思うと、感慨深い。
私が二十歳になった頃、ヴァルターが不老薬をプレゼントとして持ってきた。
ジョブが【ハイプリースト】ということから王族からの求婚も続いていて、はっきりと断る意志を示すため、昔から欲しがっていたので、公爵家の宝物庫にあったそれを交渉して譲ってもらったという。
ありがたく頂き、その場で服用した。
四十二歳になったというのに若々しいので色んな人に羨まれるが、聖職者としても働いていなければ、「女性なのに子供も産まない」と、周囲からの風当たりはかなり強かっただろう。
最近、アインス連合国内で不穏な動きがあるからと、連合国で一番発展しているメシュブランカの街で、情報収集しながら冒険者活動するように、私たちに指名依頼が出された。
アルシア帝国では、ミスリルランク冒険者は伯爵として叙爵を受ける。国とギルド本部に所属することになるので、指名依頼を断ることは難しい。
――実質は強制依頼だった。
十年前に修行も兼ねてメシュブランカに滞在していた事もあったので任されたようだ。
その時はまだゴールドランク冒険者で、コルンの村からの救援依頼を受けてオークジェネラルが率いる群れと戦った。
コルンの元ギルド長マドックと、現ギルド長ラゴウもゴールドランクの実力者で、戦場が草原だった事もあり、激戦ではあったが無理なく達成できた。
実績があると色々と任されることも多くなる。
実家が公爵家ということもあって、裏切りのリスクも低いと信頼されているので、このような任務がぴったりというのもあっただろう。
久しぶりにやってきたアインス連合国。
最初の港街であるルブランは昔とあまり変化はなかった。
相変わらず男尊女卑文化が根強く、ヴァルと一緒に行動していても暴漢が現れたり、ストーカー被害に遭う。
「弱ければ一瞬で全てを失う」と悪評の絶えないルブランは、逆に権力と武力があれば暮らしやすい街なので一定数の強者が暮らしている。
ミスリルランク冒険者であっても油断できない。
早々に離れてコルンに向かった。
――その途中の湖で、シズルに出会えたのは運命だろう。
ヴァルが求婚していたけど、一目見て私も好きになった。
裸で扇情的な美少女に言い寄る鎧姿のヴァルは絵面的にマズかったので引き離したが、何をとち狂ったのか、責任を取るとしつこかったので、その場で自身の感情も吐露してしまった。
ヴァルのあんな姿は初めて見たが、あのまま放っておけば、シズルがプロポーズを了承していたかもしれないと、焦ってしまったのだ。
水浴び中に押し入って来た男を強く拒否できないシズルの様子に、押しに弱い事が読み取れたので、とにかく私も勢いで告白した。
耳まで赤くなっていたので、これはイケると思ったが、突然冷静に「その……先に服を着ませんか? 裸でするような話ではないかと……」と言われたので咄嗟に謝った。
服を着た後、普段のシズルはとても冷静な女性のようで、黒衣を纏った姿やその美貌は、スタイルと併せ神秘的だ。
貴族的な印象を与える服装で、下手に手を出してはいけない雰囲気もあった。
再度ヴァルと二人で告白したら断られそうだったので、まず一緒に行動できるようにヴァルとアイコンタクトで示し合わせた。
私が「あなたと仲良くなりたいの。……気持ちに応えてほしいとは言わないからっ!」と言うと、ヴァルも「…………ああ、償いも兼ねて、君を守らせてほしい」と続いた。
渋々といった様子だったあたり、ヴァルも案外即物的だ。今思い返すと少し面白い。
私だけではなく、あのヴァルをここまで夢中にさせるのだから凄いものである。
シズルが私たちの想いに応えられない理由があると言って気まずそうだったけど、私たちも、身体の関係があることを伏せたまま事情を話してしまったので、罪悪感で胸が締め付けられた。
幼気な美少女といった雰囲気もあるシズルを騙しているようで辛かったが、結局は実利を選んだ。
その後にも色々とあり、コルンに存在する脅威を排除する依頼を受け、シズルの案内でゴブリンの集落に着いた。
今までで一番大規模な集落だった。
その時、既に難易度の高さを実感していた。
通常、キングやヒーローを擁する群れの住処であっても、ここまでの規模にはならない。
三人の力を合わせて、特殊進化体のゴブリンヒーローと特殊上位種であるマザーを討伐した後はホッとしてしまった。
奇跡を使わないと勝てないような魔物は久しぶりだったので、戦いが終わり解決したと気を抜いたのだ。
それはヴァルも同じで、【欲望を糧に】の代償に性欲が肥大化した相談をその場でする程だった。
ヴァルが落とし穴に嵌った時は驚き、救出した時には右腕と両脚を欠損していたので動揺を隠せなかった。手遅れになる前に出血を止めなければと、神聖魔法による治癒術を唱え始めた。
冒険者という仕事上、大怪我することはあったが、無惨なヴァルの姿に死を連想して焦っていたのだろう。
詠唱中の私はヴァルに集中していて、穴から這い出たゴブリンに気付かなかった。
シズルの声に助けられ、身を仰け反らせたので致命傷は避けられたが、首の一部を噛み千切られ、倒れてしまった。
シズルがポーションを沢山使ってくれたので助かったが、あの傷なら、本来は助からなくてもおかしくなかった。
低級ポーションであっても供給量は少なく、個人で常備することは現実的ではない。
目を覚ました時、シズルが看病してくれていて、お礼を言おうとしたが、喉から声が出ず混乱した。
声帯を損傷したらしく、高難度の魔法が使えないと悟った時は先行きの暗さに涙したけど、シズルが「大丈夫ですよ。明日メシュブランカに行って治療法を探しましょう」と、抱いて頭を撫で、安心させてくれた。
――正直惚れ直した。
シズルは絶世の美少女というだけではなく、性格まで最高だった。
その時点では、ヴァルはまだ一度も目を覚ましていないということで一度姿を覗きに行ったが、【欲望を糧に】の代償で思い切り発情している様子。
代償を払えない場合はいつまでも治らないので、どうにかしなければいけないが、欠損しているヴァルが自分から腰を振ることは難しい。
嫌だが、口でしてあげるか、私が自発的に動かないといけないかもしれない。
肥大化した欲望は行為の種類で発散される度合いも変わる。
自慰では解消できず、女性が関わらなければ肥大化した性欲は鎮まらない。
こればかりはシズルに任せられないと、初めて自発的に行動する必要があるかと覚悟を決めた。
朝にヴァルの所へ行き、眠っている間にしても効果があるのか試そうとしたが、異様な匂いが部屋に充満していた。
――これはまさか?
恐る恐る布団を捲り、確認する。
ヴァルは夢精していた。
まるでお漏らしするように。
覚悟を決めたつもりであったが、やっぱり無理かもと、私は二の足を踏んだ。
「エリンも見舞いですか?」
するとシズルが入って来た。
シズルも独特な匂いに気がついたようで、どうしようか考え込んでいる。
「私がヴァルを綺麗にしておくから心配しないで!」と言いたいが、声が出ないのでシズルの出方を見る。
するとシズルは困ったように眉を寄せ、熟考していた。
「……ヴァルターが一人でするのは厳しい。……でも……しかし……」
長い思考の果てに、シズルは諦めた様子で言う。
「――まずは朝食を食べましょうか?」
結局は問題を後回しにする事にしたらしい。
――流石にちょっと難題過ぎる。
――本当に、どうしたものか。
私は何度も首肯を繰り返して意思表示し、シズルと一緒に部屋を出た。
未来のことは未来の私たちに任せよう。
今の私は――そう思った。




