第28話:ヴァルターの代償
――体が熱い……。
静流たちが村に帰還した日の真夜中のこと、一人の男が全身に籠もる熱にうなされていた。
その男はミスリルランク冒険者、ヴァルター・エルンスト。
魔物の奇襲で四肢を左腕以外奪われ、意識がないにも関わらず、スキルの代償で苦しんでいる。
彼の職業は【狂戦士】、スキル【欲望を糧に】には、使用後にランダムな欲望の肥大化という後遺症があり、今回は厄介な部類に属する欲望を肥大化させていたのだ。
それは性欲。
男にとって最も厄介であり慣れ親しんだ欲望である。
たとえば三大欲求の内、睡眠欲であれば眠るだけ、食欲であれば食べるだけだが、性欲だけは違う。これだけは肥大化すると我慢すればするほど社会的なリスクも増加するという恐ろしい側面がある。
一人でするだけでは満足できず、他者に迷惑をかける可能性も考えられる。
そんな状態の男が、今目覚めた。
「……うう、体が熱い。……これは……欲望を糧にの代償……」
ヴァルターは身に覚えのある症状に、まず状況の把握に努めた。
――確か……ゴブリンの集落で……!
彼は思い出した。
ゴブリンヒーローとマザーを倒した直後、落とし穴に嵌り、エリンと静流に救出されて直ぐに気絶した事を……。
「……ここは……宿だな。無事に帰って来れたみたいだが……」
そう言いながら起き上がろうとするも、思ったように体が動かない。
妙な焦燥感と共に何かがおかしいと気づき、掛けられているタオルケットを除ける。
そして彼は見た。残酷な現実を……。
――ない。俺の右腕も、両脚も。
……彼は冷静に現状を認識し、思考を巡らせ始めた。
今までにも部位欠損することはあったが、エリンのスキルやポーションで治療が可能だ。
しかし既にマザーゴブリンとの戦闘中、部位欠損を治療できるスキル、【奇跡】を使用したから、一月の間は再使用できない。
部位欠損可能なポーションはアルシア帝国では購入優先権があった為困らなかったが、ここはアインス連合国内のコルンという村なので、そのようなポーションは流通していないだろう。
現状を認識したヴァルターは呟いた。
「……これは困ったな。……当分このままか」
ガチャッ
呆然としていたヴァルター。
するとドアを開けて一人の女性が入ってきた。
――彼女の名前は静流。最近であったばかりのアイアンランク冒険者であり、ヴァルターとエリンの想い人だ。
その美しさは天上から舞い降りた女神のようであり、男の視線を捉えて離さない魅力的な身体つきをしている。
……【欲望を糧に】の後遺症に苦しんでいる身からすると、欲望を刺激されてとても辛い。
彼女はヴァルターが起きている事に気付くと、驚いた顔をして近くまで駆け寄り、その左手を取った。
「よかったです、ヴァルター。目が覚めたんですね。調子はどうですか?」
彼は柔らかで冷たい手に包まれ動揺する。
彼女は彼の現在の状況(性欲肥大)を知らないので手を取ったが、多大なリスクのある行動であった。
ヴァルターは何とか欲望を抑え静流に答える。
「っ……静流、手を、離してくれないかっ……。我慢、できなくなる……」
忠告を聞き手を離す静流であったが、意味が分からないため問うた。
「我慢……ですか?……何でも言ってください。こんな事になって暫く不便でしょう?私に出来ることであれば手伝いますよ」
静流は軽くそんな事を言うが、……惚れた女に正直に欲望を打ち明けて嫌われたくはない。
ヴァルターは思い浮かんだ妄想をなんとか振り払い、話を逸らし尋ねる。
「………大丈夫だ。それよりエリンは無事か?起きているなら呼んできて欲しいんだが……」
すると静流は深刻な顔で言った。
「今は真夜中なのでエリンさんは寝ています。それに、エリンさんもヴァルターさんが気絶した後に首に傷を負わされました。ポーションで治療はしたのですが……その、声帯を損傷したようで、発声できません。一度エリンさんが起きた時に症状に気づき、混乱した様子だったので休んでもらっています」
「………………そうか。無事でよかった……」
エリンの無事にはホッとしたヴァルターであったが、現状を正しく認識し終え愕然とした。
エリンが発声できない。
つまりは【奇跡】による治療は不可能で、自身も左腕以外の四肢を欠損したままであり、部位欠損を治療できる効果のあるポーションを入手する必要がある。
しかし、アインス連合国内ではアルシア帝国と違いポーションの優先権という制度自体がない。
入手する為にはダンジョンに行くかオークションが一般的で、聖職者に治療を頼むにしても順番待ちが基本で値段も高い。
現金を幾らか持ち合わせているが、オークションで競り勝ったり順番待ちを飛ばして治療してもらえるほどでもない。
このままではアルシア帝国の依頼を果たせず、静流にも迷惑をかけるどころか、村に置いて行くのが当たり前の状況であることにショックを受けた。
そんなヴァルターに静流は優しい口調と表情で、普通であればあり得ない事を言い出した。
「……安心して下さい。ヴァルターとエリンを治す為に私が頑張りますから。――もう仲間ですし、お二人を放ってはおけません。行商のキントさんの馬車に乗せてもらえることになっているので明日メシュブランカへ出発しましょう」
――まるで女神のようだ。
見目麗しい女性でありながら慈悲深い心すら持っている。
彼女の発言に喜びの感情や申し訳ないという謝罪の心が浮かんだ一方。
そんな彼女を抱きたいという欲望に支配されそうであった。
だがヴァルターは精一杯の自制心を働かせ言葉を絞り出す。
「…………静流、ありがとう。……俺も、寝るから。しっかりと休んでくれ」
そう言いタオルケットを被って横になる。
……実は起きる前からある箇所が自己主張していた。
ヴァルターはそれに気づき、咄嗟に横になりタオルケットで隠した。
彼は狂戦士でありながら理性の男でもある。欲望を自制心である程度制御できるからこそ、今までヴァルターは狂戦士でありながら生き長らえてきた。
静流は少し不思議に思いながらも明日の為にヴァルターに別れを告げた。
「……そうですね。明日も早いですし眠る事にします。お休みなさいヴァルター」
バタンッ
そう言って彼女は部屋から出ていった。
「…………気づかれなかったか」
窮地を乗り切ったと安堵し、ヴァルターは深いため息をついた。
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「……生存本能でしょうか。大きくなっていましたね……」




