第27話:コルンへの帰還
――壮絶な戦いだった。
数百の群れをものともせず、特殊進化体のゴブリンヒーローと正面からぶつかりあったヴァルター。
幾つもの群れを焼き払い、ヒーローの腕を貫き、マザーゴブリンを弱体化させるなどの活躍をした美しい女性聖職者のエリン。
オレたちは、ミスリルランクとはあれほどの化け物揃いなのかと恐れを抱いた。
そしてシズルという名の絶世の美少女は、オンジに好きにされる程度の実力かと思えば、ヒーローを槍で貫きトドメを刺した。
マザーゴブリンすらもヴァルターと肩を並べて倒すという大金星である。
村に住む冒険者とは存在の格からして違うと、複雑な気持ちで彼らがこちらに戻ってくるのを眺めていた。
英雄たちの凱旋を喜んで迎えようとした、その間際――
――それは一瞬の出来事だった。
ヴァルターが、なかったはずの落とし穴に嵌り、二人が助けたかと思えば、左腕以外の四肢を奪われていた。
皆が驚き、目を疑った。
ミスリルランクの魔物を二体倒し、群れも一掃した強者たちに、信じられないことが起きている……と。
ヴァルターが穴から脱出してすぐ、見た目は変哲のないゴブリンが這い上がってきて、エリンに素早く襲いかかったが、シズルがその首を斬り飛ばした。
これで終わったと一安心した。しかし、首は意思を持っているかのように飛び、エリンの首に噛みついた。
身を反らして躱したようにも見えたが、結構な量の出血が噴き上がり、喉を押さえる姿に、誰もが“もう助からない”と思っただろう。
だが、静流は諦めなかった。
どこからともなく取り出したポーションを惜しみなく使い二人を救ったのだ。
どのようなポーションであってもそれなりに高価な物。
それを躊躇なく使う判断力もさることながら、その美貌も相まって、まるで英雄譚の一幕を見ているようだった。
突如として荷車が出現したことで、あの者たちをコルンに帰還させなければならないと流石に思い立って駆け寄った。
どこか高級感のある荷車に二人を乗せたシズルは、落ち込んだ様子であったが、静かにオレたちが来るのを待っていた。
近寄り難く、どこまでも不思議な存在感を持つ人。
――そう、畏敬の念を抱いた。
――――――――――――
あの後、冒険者達は二手に分かれた。
一つは集落に残った冒険者たちだ。
生き残りの人間がいる可能性もあるので、巣穴に潜る必要があった。流石にこれ以上の脅威はないだろうと判断したのだ。
それにもし宝などがあれば、余程の物でない限りは目こぼしされるので、底辺冒険者にとっては無茶をする価値がある。
もう一つはコルンに帰還する冒険者たち。
あの英雄たちを乗せた荷車を護衛しながらの移動だ。
皆、負傷した英雄たちを少しでも休ませたいという気持ちで、護衛を買って出たのだった。
――――――――――――
荷車は金属と木を組み合わせた造りの頑丈なもので、車輪は多少粗い道でも軋まず進む。
荷車の上には、包帯で覆われたヴァルターと、静かに横たわるエリンの姿。
荷車の脇を歩く冒険者たちは、口を開けなかった。
静流も最初に感謝の言葉を発した後、二人を看病しながら沈黙している。
「……まさか、最後にあんなことになるとは……」
後方を歩く壮年の戦士が小声で呟く。
隣を歩く若い斥候が、目を伏せて頷いた。
「あの戦いで終わったと、ホッとしたんですけどね」
「それが……ミスリルランク冒険者でさえ、あのざまだ」
会話はすぐに途切れた。
沈黙が戻り、車輪の回転音と馬の鼻息だけが響く。
荷車の前方――
そこに、静流が座っていた。
彼女は片手でずっとヴァルターの手を握り、もう片方の手でエリンの額に濡れ布を当てていた。
まるで何かを祈るように、視線を落とし続けている。
誰も、彼女に声をかけられなかった。
普段冷静にみえる彼女が、ただ黙って動かず、唇を結んだままでいる。
その姿は、言葉よりも重く、痛ましかった。
荷車の上で揺れる二人の身体が微かに動くたび、静流の肩が小さく震える。
その動きを見て、隣を歩く冒険者の一人が息を呑んだ。
「……大丈夫なんだろうか」
「ポーションを使ったらしい。……判断が遅れていたら、死んでただろう」
「……彼女がいなきゃ、誰も生きて帰れなかったかもしれないな」
静流たちに感謝の気持ちがあるから。
だからこそ、声をかけられない。
彼女が今何を思っているのか――想像するだけで胸が締め付けられる。
森を抜ける頃、太陽は真上に差しかかっていた。
眩しい光が木々の隙間から降り注ぎ、枝葉の影が揺れている。
その光が、静流の頬を照らした。
だが、彼女は微動だにしない。
ひたすらに、荷車は進む。
やがて遠く、村の見張り台の影が見えた時。
後方の冒険者たちの間から、安堵の息が漏れた。
荷車と共に冒険者たちが村に到着すると、近づいてくる村人も数人いたが、異様な空気に息を呑み離れていった。
荷車の上には片腕以外の三肢を欠損し呻いている男、青白い顔で眠っている美女、沈んだ表情でその二人に寄り添っている美少女、誰一人笑っていない隊列。
その雰囲気はまるで葬列のようだった。
ほどなくして二つの人影が駆けてくる。
「……おお、戻ったか! お前たち――」
ラゴウとアリシアだ。
村人の報告を受けてやってきたのだろう。
安堵の息を漏らし駆け寄ったが、すぐに顔が固まる。
彼の視線が、荷車の上で動かない二人を捉えた。
その隣で、無言のまま膝をついている静流。
「……これは……どういう、ことだ?」
アリシアも最初は明るい声をかけようとして――息を止めた。
笑顔が引きつり、瞳が震える。
「ヴァルターさん……? エリンさん……っ、そんな……!」
それ以上の言葉は出なかった。
誰も、軽々しく説明できる状況ではなかった。
ラゴウはゆっくりと歩み寄り、荷車の前に立つ。
静流は顔を上げ、ラゴウと視線を合わせた。
「……生きてるのか?」
「……はい。大変危険でしたが、なんとか」
その声は掠れていた。
冷たいほど落ち着いているのに、わずかに震えている。
ラゴウは深く息を吸い、長く吐いた。
「そうか……。せめて命が助かってよかったと思おう」
彼の視線が、周囲の冒険者たちへと向かう。
「……誰か、状況を説明できる者はいるか」
数秒の沈黙。
そして一人の戦士が前に出て、低く語り始めた。
「……群れにはマザーゴブリンと、ゴブリンヒーローがいました。無事に討伐は済んだのですが――その直後でした。まだ、一体……ゴブリンが残っていたようで、落とし穴に嵌められたヴァルターさんが、今の有様に……。その後穴から這い出てきたゴブリンがエリンさんに襲いかかって、シズルさんが首を斬り飛ばしたのですが、首だけになったそれが、エリンさんの喉に噛みつきました。……もしシズルさんがいなければ、全滅していたかもしれません。巣穴の探索は、残った者たちが続けています。報告は、追って届くはずです」
戦士の言葉が一つ耳に届くたび、静流の視界がわずかに揺れた。
ヴァルターを救出した瞬間の絶望とエリンが倒れた時の焦燥感を思い出し、現実の声が遠のき、記憶の中で何度も同じ光景が繰り返される。
その報告に、アリシアが顔を覆う。
ラゴウは目を閉じたまま黙って聞いていたが、やがて重く頷いた。
「――そうか、ご苦労だった。……シズル、すまなかった。想像していたよりも規模がかなり大きかったようだ。マザーがいたということは、長い間力を蓄えていたのかもしれん」
声は低く、押し殺されていた。
村の人々も次第に集まり始めたが、誰も声を上げられない。
アリシアが小さく震える声で静流に尋ねた。
「……エリンさんの声帯が無事なら、神聖魔法でどうにかなりますか?」
「……喉を、傷つけられました。それに、欠損した部位を再生するほどの魔法となると、消耗が激しいでしょう」
ラゴウは一歩近づき、静かに告げた。
「……今は休め。お前たちは、もう十分に戦った」
「はい。……そうさせてもらいます」
荷車はそのままギルドまで進んだ。そこからヴァルターとエリンは担架へ移され、一人ずつ宿の部屋へ運ばれていく。
それを見届け、ラゴウはぽつりと呟いた。
「……あの二人が重傷を負う敵とは……。エリンが無事であれば治せる見込みはあるが……」
エリンの神聖魔法の腕前はトップクラスだ。
中でも《奇跡》は、一ヶ月に一度しか使えず消耗も激しいが、その分、破格の力を持っている。
コルンには、部位欠損を癒す手段はない。
メシュブランカにはあるが、かなり高額で、足元をみられる可能性があり、治療するにはリスクが伴うだろう。
ラゴウが額に皺を寄せ唸っていると、アリシアが覚悟を決めた目つきで近づいてきた。
「……ラゴウギルド長、私はシズルさんたちについて街へ行きます。元からそのつもりだったのですが、村を守るためにあの様な怪我をされた二人と、シズルさんを放っておけません。」
「…………」
ついにこの時が来たかとラゴウは思った。
アリシアはコルン生まれで、流れに逆らうことなくギルド職員として生きていた。だが、優秀なアリシアのことだ。いつかはコルンを出ていくと予想はしていた。
「引き継ぎに問題はないか?」
「ケニーに引き継ぎを済ませています」
ならば、ラゴウから文句はない。
キヨワン村長の娘でしがらみも多かったが、街に行く決心を、いつの間にか固めていたか。
――あの三人を手助けするには好都合でもある。メシュブランカに行くのであれば、人手は多いほうが良い。
「わかった。あいつらを支えてやってくれ」
「頑張ります!」
アリシアはそう言って歩いていった。
これから付きっきりで看病する為に、三人の所へ行くのだろう。
村を襲っていた異変は解決したのかもしれない。しかし、心は全く晴れず、逆に曇ったままである。
しかし、ギルド長としては曇ったままではいられない。祝勝会で村の活気を取り戻す事も重要だ。
「……はぁ。ままならねえなぁ」
ラゴウは特大の溜め息をついて後始末をしにギルドへ戻ったのだった。




