第2話:実験と能力確認
方針は決まった。冷蔵庫から出した果実水で渇いた喉を潤し、黒衣を羽織ってから家中の物色を開始する。
「分解」
集めた物の中から、木製の椅子へと掌をかざし、分解のスキルを発動。すると、椅子は光に溶けるように形を失い消滅した。
瞬間、消えた椅子の素材が万物保管庫に移動したことを自然と理解する。
違和感もなく自然にスキルを発動できた。スキルによっては使用感が変わるらしいけれど、分解も結構感覚的なスキルだった。多分錬成もそうだろう。
保管庫内の素材を意識して短剣の錬成を試みる。
手に収まったのは、質素な木製短剣。
強度を確かめると、訓練へ使うには十分な硬さだが、実戦武器として考えると脆い。操作感は軽いので扱いやすいが、それだけだ。
他の物体にも分解や錬成を何度も使用し、実験を進めていく。
その際、着用していた衣類などのサイズも錬成で調整する。
「ふぅ……」
[神の悪戯]時、スーツ以外の衣装も身体にフィットするように変化していれば、あそこまで焦らなくて良かったのにとため息をつく。
サイズ違いの衣服を着崩した姿は扇情的で、急いであの場を離れなければどうなっていたか。
一旦人心地がついたのでスキル実験の結果を振り返る。
錬金術師のスキルはとても有用だと感じた。分解で粗悪な材料から鉄などを分解し、錬成で高品質な武具を作成可能。スキルの発動には多少の疲労が伴い、錬成や分解の対象物によって疲労度合いも変化する。発声せずともスキルは使えるが、実感できる程度には疲労する為、極力発声した方が無難だろう。
思っていたよりも実験の収穫は多い。
錬金術師のスキル実験は終えたので、次は黒衣による実戦をイメージする。
現状では普通の武器を扱っても、この華奢な身体で敵に決定打を与えることは難しい。暫くは黒衣の性能をフルに活用し戦闘することになる。
本来の錬金術師の戦い方は、武器にこだわることなく手数で攻めるスタイルを基本に、搦め手を織り交ぜる戦法だと思う。
しかし、所持金も心許ない今、素材等を買いに行くことは無駄なリスク。なので、家の不要な物を分解して満足しておき、その戦法は諦めた。
派手な戦いで目立つ事とスキル使用による消耗も考えると、切り札としておくべきだ。
過去に配信動画で確認したが、一般的な冒険者の実力は、ゴブリンやウルフに勝つ程度。そのくらいであれば、一対一で私が負けることはない。
安定して強くなるために体術師範に教授してもらった体術スキルもある。
体術スキルは身体操作の巧みさに直結する。
どの職業でも一定の強さを実現できる筈で、たとえ錬金術師が非戦闘職だったとしても、ある程度は戦えるだろう。
あとは、黒衣のスキルも実際に試しておくべきか。
黒衣を脱ぎながら、スキルを発動させる。
「千変万化」
布地が波紋のように揺れ、瞬く間に黒衣は長剣へと変化する。
黒衣の時と重量が変わっていないので非常に軽い。
しかし、触ると材質は鉄のように硬く、錬成で用意したデコイで性能を確かめると、十分に決定打となる威力があった。
「流石の威力ですね」
黒衣は盾・槍・短剣、果ては普段着風の軽装にまで自在に変化する。
黒衣のスキル使用でも多少の体力消耗が感じられたので本当に普段着としての使用は難しいかもしれないが、能力の応用で対応力が桁違いに上がる筈なので、便利なことに違いない。
――そろそろ準備は整った。
外はそろそろ暗くなっている頃だが、明日の朝になってからでは遅いと判断する。
錬成で作成しておいた短剣を手に取った。
「これでよし」
軽く頷き、黒衣をフード付きの外套に変化させ、再び纏う。
――――――――――――
家を出て、外套で姿を隠しながら街の西方へ向かって歩いて行く。薄暗い時間帯、外套などで姿を隠す者自体は少なくないので、目立たずに済んでいた。
「こうして見ると、かなり高い壁ですね」
ルブランの街は魔物からの襲撃に備え、高い外壁によって囲まれている。
なので個人が街外に目的があるとき、簡単な手続きをして、潜り戸のような扉から出る必要があった。
その手続きも魔導機械で行われているので、大した手間は掛からない。本来であれば登録を終えていれば虹彩認証で街外へと出られるのだが――。
「……虹彩認証はできるのでしょうか?」
姿どころか性別まで変化し眼色まで紅に染まっているので反応しなくなっているかもと少し不安になりながらも認証を試すと、何事も起こらず扉が開く。
登録はその人間が持つ魂の本質を登録するとあったので、性別が変わっても本当に有効で助かった。ここでトラブルが発生するとスムーズに街から出られない所だった。
街の近く、西の森の入口には初心者向けの訓練広場があり、定番の魔物狩場にアクセスしやすく便利と評判だ。しかし、夜は危険が増えるため、基本的に皆帰っていなくなる。
それに、西のコルン村との間に広がっている森は、危険な生物はゴブリンやウルフといった弱い部類の魔物しか生息していない。
つまりこの先の狩場は、目立たずに実戦を重ねて初心者を脱するに最適の環境だということ。
「そろそろ着くはず……」
――コト……コト
背後に微かな違和感を感じた。
靴音が一定の間隔で近づいてきている。
(早速面倒事ですか、尾行されているようですね)
歩調を乱さずに思考を巡らせる。
目的は何か、相手は誰か、どの程度の脅威か。
不用意に振り返るのは得策ではない。
まずは狩場に入る前に、相手の意図を探る。
まあ、十中八九独りの私を狩りやすい獲物だと判断した悪党だろう。
絶世の美少女になった瞬間から、危険要素や最悪の展開を想定している。
今日は目立ちすぎたので、追跡されている可能性も考えていた。
開けた格好で街を走ったので、目立って噂になっていた可能性もあるだろう。場所が違えば襲ってくれと言っているような格好だったから、然もありなん。
――余裕ぶっていても仕方ない。
狩場の入口付近にある木立までやってきた。
ここまで来れば、騒ぎが聞こえても衛兵は直ぐに駆けつけられない。
仕掛けてくるなら、このタイミングか狩りの最中だろう。
背を向けたまま歩みを緩め、尾行者の動きを待つ。
――不意に、背後から複数の靴音が速まる。
「おい、嬢ちゃん。こんな時間に一人か? ……俺たちが家に送ってやろうか?」
けらけらと下卑た声が響く。
振り返れば、剣、鎖、弓を持った冒険者崩れのような顔ぶれの男たち。
その笑みに、隠しきれない欲望の色が浮かんでいた。
心臓がわずかに跳ねる。
思った通り、狙いはこの身体か。
外套越しであっても魅惑的なスタイルが見透せるほどの女性。
もし顔すら見られたなら、決して引き下がりもしないだろう。
半分諦めていたが、一応断りをいれておく。
「気持ちは嬉しいですが、また今度に頼めませんか? 今から訓練するつもりなので」
「そうなのか、そいつは悪かった!」
「嬢ちゃん、成人式じゃ目立ってたよな。なぁ、お近づきになろうや」
「その外套、いい布地だな。ちょっと見せてくれよ」
私の断りを無視して鎖を持った男が近づいて来た。
思っていた通り、言葉での説得は無駄に終わったようだ。
――トラブルは避けられそうにない。




