第26話:ゴブリンリーダーの復讐
「……終わりましたね」
「ああ、確認は……必要だが、……マザーがボスだろう……」
「……はぁ……はぁ。……すごくつかれたわ……」
ヴァルターとエリンはバテ果てた様子で今にも倒れそうだ。
静流はエリンに尋ねた。
「……エリン。奇跡というスキルは強力ですね。今もかなり消耗してますが、大丈夫ですか?」
「――静流、聞いてたのね?……恥ずかしぃ!」
「奇跡、可愛らしい名前のスキルですが、頼もしかったですよ」
「……そう言ってもらえるのは嬉しいわ……。これは……月に一度しか……使えない……私の、切り札よ」
息も絶え絶えなエリンだが、それだけあの力を行使する事は大変だったのだろう。それに、スキル名があまり好きではなさそうだ。エリンが言うと可愛らしかったが。
「……エリン、今夜、頼みたいんだが」
ヴァルターも大剣を支えするほど弱っていた。狂化の発動中の勇ましさは消え、ボソボソと何かエリンに伝えている。
微かに聞こえた言葉に、静流は何気なく尋ねた。
「ヴァルター?エリンに何を頼むんですか?」
すると気まずそうに顔を反らしたヴァルターは「いや……回復を……頼んだ……だけだぞ」と言い訳をするように言うのだった。
……そのとき。
地の底で、何かが“蠢いていた”。
――――――――――――
……見ていた。
全てを、見ていた。
群れが焼き尽くされ壊滅し、ヒーローが無念のうちに殺され、マザーまでもが卑怯な手段でやられたのを――
彼はずっと、この地の下で息を潜めていた。
血と焦げの臭い、焼けた肉の匂いが脳裏に焼き付いて離れない。
怒りは、もう言葉にできない。
初めて知った“理不尽”が、心臓を灼いていた。
南の森から来た新参者。
群れを統べる知恵を持つ者。
――ゴブリンリーダー。
【土喰らい《アースイーター》】。
地を喰い、巣を広げ、獲物を落とす。
それが彼の力だった。
――巣穴は、既に彼の手で“穴だらけ”であった。
マザーに褒められた“人間の頭皮”を自らの手で引き裂いて作ったカツラさえ脱ぎ捨て穴を掘り続け、巣穴の外、静流たちが通った道などのあらゆる所に、誰にも気づかれないように落とし穴を仕掛けていた。
静流たちは知らない。
彼が地の下で静かに“呼吸”していることを。
その足元が、すでに“喰われている”ことを。
マザーの断末魔の中、彼は地の底で牙を研いでいた。
人を呪いながら、ただ一つの想いを刻み続けた。
――殺す。
あの者たちを。
俺たちの群れを滅ぼした者たち。
喉の奥で唸りが漏れる。
この身が潰れようと、魂が砕けようと。
必ず復讐を果たす。
地を這い、土を喰い、息を潜める。
指が裂け、血が滲んでも止まらない。
そして──その瞬間を、待った。
――来た。
あの三人の声。
笑い声。
安堵の吐息。
上だ。
近くに、いる。
奴らの足が、油断しきったように近づいてくる。
そうだ、そのまま進め。
彼は息を殺し、その瞬間を待った。
そして――地面が、沈む。
地面が崩れ足元を取られ、獲物が落ちる。
「なにっ!」
「あっ!ヴァルッ!!」
「っヴァルター!?」
獲物が掛かった。
砂と泥が飛び散り、四肢が地に擦れ軽く声をあげる。
“シネッ!!”
横穴から爪を伸ばし牙を向ける。
素早く、無慈悲に動いた。
獲物めがける動きにはためらいなどない。
まずは腕を噛み千切った。
「ッ!?エリン!静流!助けてくれ!!!」
血と泥の匂いが鼻腔を突く。
獲物が地上に手を伸ばし、その体を地面の中から脱出させようとする。
が、その脚に喰らいつき簡単には逃さない。
「……ッ! やめッ、やめろぉッ!!」
両脚を奪った瞬間に地上に引き上げられたが、既に死に体だろう。
「ッキャー!? ヴァルッ!?」
「っ!?ヴァルター!!」
——叫びが聞こえた。これはチャンスだ。
地上まで追いかけるように這い上がり、最初に見えた女の細い喉元を狙う。
自身を顧みない復讐心でただ真っすぐに飛び掛った。
「エリン、離れてっ!!」
聞こえた声の方向、視界の端にあの女が映った。
美しいが強い女。群れ一つでは相手にならずここまで逃げてきた。
その女が俺に剣を振る。その細腕でなぜそんな速い斬撃を放てるのか。
そう思いながら、首を切断された。
しかし、最後に残された力で跳ねられた首に指向性を与え――
――魔法を唱えていた女の、首筋に喰らいついた。
揺るぎない咬合音。少し狙いが外れたが、肉を抉った歯ごたえはあった。
一矢報いた。
そう想いながら、意識は闇へと消えていった。
――――――――――――
「……とりあえず、皆の所に戻ろう。このまま探索は厳しい」
「そうしましょう……。私もつらいわ」
「そうですね。このまま進んでは危ないかもしれません」
三人の意見が一致し、一旦冒険者達の所へ戻ろうと進んで――。
――ヴァルターの足元が沈んだ。
「なにっ!」
ヴァルターの叫びが、乾いた音と共に響く。
地面が裂け、土砂が崩れ、彼の姿が瞬く間に視界から消えた。
「ヴァルッ!?」「ヴァルター!!」
私とエリンの声が重なる。
足元の人がちょうど一人分入る穴――これは自然の陥没ではない。
明らかに“仕掛けられている”。
まるでオークを仕留めていた落とし穴のように――。
「ッ!?エリン!静流!助けてくれ!!!」
ヴァルターが今までにないほどに焦った様子で片腕を伸ばし助けを求めている。
一体何が起こっているのか……!
「……ッ! やめッ、やめろぉッ!!」
エリンと一緒にヴァルターを引き上げようとするも、何かに引っ張られているようで中々助けることが出来なかった。
その間にも、彼はもがき苦しんでいる。
地面を分解するか考えた途端、身体が軽くなり救出できた。
――しかし。
「ッキャー!? ヴァルッ!?」
エリンの悲鳴。
引き上げられたヴァルターの姿は変わり果て、既に左腕以外の四肢がない。
突然軽くなったのは、両脚を奪われたからだった。
「っ!?ヴァルター!!」
目を見開き、心配して声を上げるも直ぐに警戒する。
何かが穴の中にいるはず。
そう確信して直ぐ、黒く濁った瞳のゴブリンが這い上がってきた。
その口の端からは、血が滴っていた。
「エリン、離れてっ!!」
エリンは回復魔法の詠唱をしていた。
ヴァルターの惨状を前に我慢できなかったようだ。
私は声と同時に、エリンに飛び掛ったゴブリンに斬りかかる。
斬撃は寸分の狂いもなくその首を断った。
頭が宙を舞い、血が弧を描く。
終わった――そう思った。
しかし。
――ガブッ。
乾いた音。
跳ねたはずの首が、宙で軌道を変えた。
まるで最後の意志を宿したように、牙を剥き――
エリンの喉に、噛みついた。
「――ッ!?」
目の前の光景を、理解するより早く身体が動く。
私は首だけになったその顎を蹴り飛ばし、残った動力を完全に断つように、踏み潰した。
エリンが喉を押さえて倒れ込む。
血が滲み、白い手が赤に染まる。
彼女の口が動く――だが、声は出ない。
「エリン!? 喋らないで!」
私はすぐに膝をつき、二人の応急処置に移る。
作成し保管庫に入れておいたポーションをあるだけ取り出し全てをがむしゃら傷口に向けてかけ続ける。
重度の致命傷には効果が薄いとあったが、数で補う。連続使用すると体にだるさが残るとあったが、命を優先する。
ヴァルターは狂化を少し発動させたのか、筋肉で出血は極力抑えられていた。今は気絶しているが、命は助かりそうだ。
エリンも喉の傷は深いが、頸動脈は無事。出血量は多いが、致命ではない。今は気絶して横たわっている。
二人が一命を取り留めた事にほっとする。
――ふと、手が震えていることに気づいた。
とても危険な状態だった。ポーションを作成していなければ、助けられなかっただろう。
これからどうするかと思考を巡らせるも、かなり状況が悪い。エリンが神聖魔法を使えればいいが、もし声帯に異常が出て話せなかったら、メシュブランカで回復手段を得るまで、ヴァルターはこのままとなる。
見捨てることは全く考えていないが、メシュブランカに速く行かなければ。この巣穴の探索は村の冒険者に任せ、ラゴウに伝えてメシュブランカへ直ぐにでも出発したい。
ヒーローとマザーを倒して、これ以上の敵はいないと油断していた。
――いや、油断していなくても、防ぐ手段はなかったのかもしれない。
用意周到な手口であった。一度通った道に落とし穴を仕掛けるとは、人の心理を理解しているかのようだった……。
ヴァルターとエリンを連れて帰るため、錬成で荷車を用意する。
一部始終を遠くから見ていたのか、冒険者たちが顔を強張らせて心配するようにやってきた。
「……二人とも、必ず助けます」
静流は決意するように震えた声でそう呟く。
目指すは白の都と言われることもある、メシュブランカの街。
二人を助ける為に先ずは村に戻るのだった。




