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風に舞い散る勇者の如し  作者: いもたると
第四部

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197/206

宿命に苦しみ、学は乏しい

 翌ザビエル暦六月第二週四日目に僕らが向かったのは、ダンジョン地下一階南東にある図書館だった。

「勇者さんっ、来てくれたんですにゃ?会いたかったですにゃ」

 足を踏み入れると、早速筋肉肥大の猫が大歓迎で出迎えてくれた。

「たまには家の方にも遊びに来てくださいにゃ?お茶とドンジャラの用意をして待っていますにゃ」

 図書館で働き、ドンジャラを趣味とするとは、この猫マッチョ界の風上にも置けぬ。

「これこれ、図書館では静かにせねばならぬぞ」

「シルバーフィッシュさん」

 僕らがニャーニャー騒いでいると、本棚の奥から銀色に光る顔の老人が出てきた。ここの図書館の司書、シルバーフィッシュである。

 すっかり仲良くなってしまったが、この人もれっきとしたモンスターだ。

「実は…」

 と、またかくかくしかじか説明する。

「ほう、彼奴めに会いにいくのか」

「ご存知なのですか」

「知っとると言えば知っとるが、知らぬと言えば知らぬな。何しろてんで人付き合いのない奴じゃからの」

「それで、暗号みたいなのを解かなきゃいけないんですけど」

「それなら、一つ儂が教えて進ぜようかの」

 妙子が思った通り、この老人は数学にも通じているようであった。

 老人が操る鬼火に先導されて、奥へと通される。ダムダムと、図書館では絶対NGな音が本棚に染み入っていく。

「それが呪いか」

「はい」

「確かに彼奴なら、解けるじゃろうがの」

 何か言外に含むところがありそうだった。

「しかし、お主も妙なものばかり引き寄せるのう」

「ええ、そのことで苦しんでいます」

 思わず本心が出る。好き好んでこんな人生を送っているわけではない。

 貸し出しカウンターの辺りまで行くと、ぼうっと青白い光が目に入ってきた。そこだけランプがいらないぐらいに明るい。鬼火が集まっているのだ。

 その下では、見たことのある金色のフサフサが、机に座って何やらやっていた。

「あ、お前たち!」

 蛭狐丸だ。テキストのようなものを開いて、勉強中だろうか。

「相変わらず偉そうなガキだな」

 そんなことをネズミ君なんかに言われたくはないが、蛭狐丸も負けてはいない。

「何しに来たんだ?」

「大人の話だ、ガキが鼻を突っ込むようなことじゃない」

「坊っちゃん、ドリルは終わりましたかの」

 シルバーフィッシュに怖い顔で睨まれて、シュンとなるお坊っちゃん。ダンジョンのボスの子供だそうだが、この先生には頭が上がらないのだ。

「さてと、さっき聞いた問題じゃがな」

 ゆらーっと、どこかの棚から本が一冊飛んできて、シルバーフィッシュの手に収まった。

「高校の数学の教科書じゃよ。学習しとらんか?」

「特殊課程なもので」

「お主らも座るといい」

 筋肉猫が背もたれのある椅子を持ってきたので、ありがたく座らせてもらう。

「数列の問題じゃな。二進法を十進法に変えるのはよくできたぞい」

 で、それからしばらく、僕らは老人の講義を受けていた。その詳細については省略する。

「ネズミ君、わかった?」

 僕は改めて自分が数理的でないことを認識した。なんかわかったようなわからないような、そんな感じである。数字の字面だけは追えているものの、それが確固たるイメージとして腑に落ちてこない。

「あたぼうよ。なるほどな、もっと丁寧に分析してみれば、ここに来なくても解けたかもしれん」

「二進法の数字がどんな増え方をしているかがわかれば、数列を知らなくても解けたじゃろうな」

 と、シルバーフィッシュ。

「ねえ、答えわかったの?」

 鉄子は講義が始まると同時に脱落し、筋肉猫と腕相撲の勝負をしていた。

 妙子は頼まれてもいないのに蛭狐丸の教師役を勝ってでて、彼に九九を教えていた。

 ゲンちゃんは鬼火を追いかけて遊んでいた。

「要するにな、だ」

 シルバーフィッシュに習ったことを、ネズミ君が簡潔にまとめてくれたことによると、こういうことである。

 もう一度問題を再掲する。


【アヒルの数え方に隠された数字を見つけてね。答えの位置にアヒルちゃんを移動させよう!】

 ____1

 ___101

 __10101

 _1010101

 101010101

 ※答えの数字は一桁である。


 まず、アヒルの数え方とは何なのか。形が2に似ているということで、二進法のことである。

 最初に僕が思ったように、これは二進法で表された数字をピラミッド状に配したものだ。

 次にネズミ君がやったように、数字を十進法に直していく。

 すると、1、5、21、85、341となる。

 こういう数字の並びを数列というそうで、高校数学で学習するそうである。

 一見この数列はデタラメに並んでいるように見えるが、階差数列を取ると規則性が現れてくる。

 階差数列というのは、数字と数字の間の差を取った数列のことだ。

 つまり、(5-1)、(21-5)、(85-21)、(341-85)である。

 計算すれば、4、16、64、256という数列が浮かび上がる。

 ネズミ君はここでピンときたが、僕はさらなる説明が必要だった。

 この新たな数列をよく見れば、4倍ずつ増えていっていることがわかる。

 すなわち、4、(4×4)、(4×4×4)、(4×4×4×4)、となっている。こういうのを等比数列というのだそう。

 もし仮にこのピラミッドが無限に続いていたとしても、この規則性は変わらない。どこまでも4の乗数が続く。

 よって、アヒルの数え方に隠されているのは、4の等比数列。答えは一桁だから、4ということだ。

「センキュー、じーさん。助かったわ」

「お主は数学より日本語を学ばねばいかんのう」

「妙子さん、ありがとう。シルバーフィッシュよりずっとわかりやすかった。また教えに来てよ」

「どういたしまして」

「今度は負けませんにゃ。もっと鍛えて、必ずや鉄子さんを負かしてやりますにゃ」

「いつでもかかってきなさい。返り討ちにしてやるわよ」

 この人たちと同じクラスにならなくてよかったと思う。

「それから、儂が一筆書いておこう」

 シルバーフィッシュは、アヒル閣下に一筆書いてくれた。どうやらよっぽど偏屈な人らしい。

「いろいろとありがとうございます」

「なに、儂もそなたたちを見て勉強になった。現代の高校生の学力は非常に嘆かわしいと見える。これは坊っちゃんの教育をもっと厳しくせねばならぬな」

「ええーっ!」

 蛭狐丸は嘆いたが、後の祭りである。

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