宿命に苦しみ、学は乏しい
翌ザビエル暦六月第二週四日目に僕らが向かったのは、ダンジョン地下一階南東にある図書館だった。
「勇者さんっ、来てくれたんですにゃ?会いたかったですにゃ」
足を踏み入れると、早速筋肉肥大の猫が大歓迎で出迎えてくれた。
「たまには家の方にも遊びに来てくださいにゃ?お茶とドンジャラの用意をして待っていますにゃ」
図書館で働き、ドンジャラを趣味とするとは、この猫マッチョ界の風上にも置けぬ。
「これこれ、図書館では静かにせねばならぬぞ」
「シルバーフィッシュさん」
僕らがニャーニャー騒いでいると、本棚の奥から銀色に光る顔の老人が出てきた。ここの図書館の司書、シルバーフィッシュである。
すっかり仲良くなってしまったが、この人もれっきとしたモンスターだ。
「実は…」
と、またかくかくしかじか説明する。
「ほう、彼奴めに会いにいくのか」
「ご存知なのですか」
「知っとると言えば知っとるが、知らぬと言えば知らぬな。何しろてんで人付き合いのない奴じゃからの」
「それで、暗号みたいなのを解かなきゃいけないんですけど」
「それなら、一つ儂が教えて進ぜようかの」
妙子が思った通り、この老人は数学にも通じているようであった。
老人が操る鬼火に先導されて、奥へと通される。ダムダムと、図書館では絶対NGな音が本棚に染み入っていく。
「それが呪いか」
「はい」
「確かに彼奴なら、解けるじゃろうがの」
何か言外に含むところがありそうだった。
「しかし、お主も妙なものばかり引き寄せるのう」
「ええ、そのことで苦しんでいます」
思わず本心が出る。好き好んでこんな人生を送っているわけではない。
貸し出しカウンターの辺りまで行くと、ぼうっと青白い光が目に入ってきた。そこだけランプがいらないぐらいに明るい。鬼火が集まっているのだ。
その下では、見たことのある金色のフサフサが、机に座って何やらやっていた。
「あ、お前たち!」
蛭狐丸だ。テキストのようなものを開いて、勉強中だろうか。
「相変わらず偉そうなガキだな」
そんなことをネズミ君なんかに言われたくはないが、蛭狐丸も負けてはいない。
「何しに来たんだ?」
「大人の話だ、ガキが鼻を突っ込むようなことじゃない」
「坊っちゃん、ドリルは終わりましたかの」
シルバーフィッシュに怖い顔で睨まれて、シュンとなるお坊っちゃん。ダンジョンのボスの子供だそうだが、この先生には頭が上がらないのだ。
「さてと、さっき聞いた問題じゃがな」
ゆらーっと、どこかの棚から本が一冊飛んできて、シルバーフィッシュの手に収まった。
「高校の数学の教科書じゃよ。学習しとらんか?」
「特殊課程なもので」
「お主らも座るといい」
筋肉猫が背もたれのある椅子を持ってきたので、ありがたく座らせてもらう。
「数列の問題じゃな。二進法を十進法に変えるのはよくできたぞい」
で、それからしばらく、僕らは老人の講義を受けていた。その詳細については省略する。
「ネズミ君、わかった?」
僕は改めて自分が数理的でないことを認識した。なんかわかったようなわからないような、そんな感じである。数字の字面だけは追えているものの、それが確固たるイメージとして腑に落ちてこない。
「あたぼうよ。なるほどな、もっと丁寧に分析してみれば、ここに来なくても解けたかもしれん」
「二進法の数字がどんな増え方をしているかがわかれば、数列を知らなくても解けたじゃろうな」
と、シルバーフィッシュ。
「ねえ、答えわかったの?」
鉄子は講義が始まると同時に脱落し、筋肉猫と腕相撲の勝負をしていた。
妙子は頼まれてもいないのに蛭狐丸の教師役を勝ってでて、彼に九九を教えていた。
ゲンちゃんは鬼火を追いかけて遊んでいた。
「要するにな、だ」
シルバーフィッシュに習ったことを、ネズミ君が簡潔にまとめてくれたことによると、こういうことである。
もう一度問題を再掲する。
【アヒルの数え方に隠された数字を見つけてね。答えの位置にアヒルちゃんを移動させよう!】
____1
___101
__10101
_1010101
101010101
※答えの数字は一桁である。
まず、アヒルの数え方とは何なのか。形が2に似ているということで、二進法のことである。
最初に僕が思ったように、これは二進法で表された数字をピラミッド状に配したものだ。
次にネズミ君がやったように、数字を十進法に直していく。
すると、1、5、21、85、341となる。
こういう数字の並びを数列というそうで、高校数学で学習するそうである。
一見この数列はデタラメに並んでいるように見えるが、階差数列を取ると規則性が現れてくる。
階差数列というのは、数字と数字の間の差を取った数列のことだ。
つまり、(5-1)、(21-5)、(85-21)、(341-85)である。
計算すれば、4、16、64、256という数列が浮かび上がる。
ネズミ君はここでピンときたが、僕はさらなる説明が必要だった。
この新たな数列をよく見れば、4倍ずつ増えていっていることがわかる。
すなわち、4、(4×4)、(4×4×4)、(4×4×4×4)、となっている。こういうのを等比数列というのだそう。
もし仮にこのピラミッドが無限に続いていたとしても、この規則性は変わらない。どこまでも4の乗数が続く。
よって、アヒルの数え方に隠されているのは、4の等比数列。答えは一桁だから、4ということだ。
「センキュー、じーさん。助かったわ」
「お主は数学より日本語を学ばねばいかんのう」
「妙子さん、ありがとう。シルバーフィッシュよりずっとわかりやすかった。また教えに来てよ」
「どういたしまして」
「今度は負けませんにゃ。もっと鍛えて、必ずや鉄子さんを負かしてやりますにゃ」
「いつでもかかってきなさい。返り討ちにしてやるわよ」
この人たちと同じクラスにならなくてよかったと思う。
「それから、儂が一筆書いておこう」
シルバーフィッシュは、アヒル閣下に一筆書いてくれた。どうやらよっぽど偏屈な人らしい。
「いろいろとありがとうございます」
「なに、儂もそなたたちを見て勉強になった。現代の高校生の学力は非常に嘆かわしいと見える。これは坊っちゃんの教育をもっと厳しくせねばならぬな」
「ええーっ!」
蛭狐丸は嘆いたが、後の祭りである。




