正解は海の底で、知者は偽物
その後、ちんぶり商店を通って学園に戻った僕らは、ノブさんの酒場のいつものテーブルにて夕食を取っていた。
正解したからワープが発動したのだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
不正解した場合でも、床に描かれたワープの模様はその魔力を解き放つ。地下一階にある、ワープ終点へと飛ばされてしまうのだ。僕らはそう結論付けていた。
さて、それならもう一度考えてみなくてはいけない。
テーブルの中心に開かれたネズミ君のメモ帳を眺めながら、メルルーサのフライに噛み付く。
頭を働かせるにはDHA。とにかく魚だ、という強迫観念に駆られて選んだのは、深海魚のフライだった。
メモ帳のページには、1と0の五段ピラミッドと、その隣に、5、21、85、341という二進法を十進法に直した数字が記されている。それを、さっきから繰り返し見ているのだが、まるで海の底に沈んだ深海魚のように、一向に妙案は浮かんできてくれなかった。
「やっぱり二進法じゃないの」
「そうだよなあ…」
手のひら返しが得意な大衆の代表者は、再び僕の意見に傾いていた。
「順番にやればいつか正解に辿り着くとはいえ、それではこの理数系に強い大盗賊ネズミ様のプライドが許さぬ」
プライドなんてあったんだ。そういう彼は、季節外れのおでん定食に舌鼓を打っていた。静岡おでんの黒いだし汁の中を、練り物に姿を変えたメルルーサが悠々と泳いでいる。
「こういうときに得意な人がいるといいですけどねぇ」
すぐ近くに自称する人ならいるが、妙子はあからさまに信じていないようだった。彼女は今日もお洒落にメルルーサのガリシア風。さすがはノブさんの酒場、DHAを補給したいラテン系学生のニーズにもバッチリ答えている。
ゲンちゃんもテーブルの下で、ねこでんねんのメルルーサ味をカリカリやっていた。ここはひとつ猫の知恵も借りたいところだ。
「この数字から何を導き出せばいいってんだろう。なあ、勇者、こんなのどっかで習ったことあったか?」
「どうだろう。つい最近のことなのに、もうだいぶ忘れちゃってるし」
学生がこんなの習ってないよ〜、と言うときは、大抵は習っているものである。
「やっぱり通信簿がアヒルじゃ、順番にやるしかないかしら」
そんな鉄子は鴨南蛮蕎麦をズルッとすすった。アヒルも鴨も似たようなものだ。北京ダックだって、その正体はアヒルなのだ。
すると、奇妙な音が聞こえてきた。
「ウッフッフッフッフ〜」
「王さん」
「クンクン、クンクン。いいにおいするアル、いいにおいするアル。魔王に侵略されてる異世界の人たちもいいにおいするアルけど、やぱり無学君には敵わないアルナ」
勇者科クラスメイトの王援歌さんがいつのまにか近くに寄ってきていた。いかんな、相当困っていたようだ。
「今日は何で困てるアルか?このワタシに言うヨロシ」
「実はね、かくかくしかじかで」
「なるほど、ちょと見せてみるヨロシ」
フムフムと、王さんはメモ帳を見て頷いた。
「何かわかったの?」
「わからないアル。でもわからないいうことわかたアル。そのこと大事アル。自分がわからない知ること大事アル。これが中国四千年の無知の知アル」
いや、ギリシャのソクラテスだ。
「わからないなら先生に聞くヨロシ。きとこれ高等数学アル。日本の貧弱な義務教育では解けないアル。あんなゆるい教育じゃ学のないエセインテリしか育たないアル」
悪かったね、エセインテリで。でも自分もわからないくせに。
「しかし、どしてそんな無駄なとこ行くアルか。わざわざ行かなくてもいいところアル」
「いやあ、呪われちゃったから」
「無学君は遠回りばかりしてるアルナ。粘菌でも最短経路を見つけるアルヨ。単細胞生物にも劣るアル」
僕は多細胞生物だけど、あいにくとパセティック細胞ばかりが集まってできているもので。
「そういえば王さん、久しぶりだよね」
「ワタシたち、しばらく異世界行てたアル。ワタシ無学君が困てたら気付かないはずないアル」
確かに、バスケットボールをダムダムやってるのにこの人に会わなかったな。
「熱高君以外は今日の昼に帰てきたばかりアル」
「彼はどうしたの?」
「居残りアル。魔王が倒されて平和になたアルから、今度は立て直しアル。異世界で牧羊の指導しているアル」
そうなんだ。羊飼いの仕事は大変だな。
「じゃ、ワタシ行くアル。注文した冷やし中華が冷めるアル」
ピューっと人混みに消えてしまった。
「またアイツか。なんなんだ」
わからない。アレも呪いの一種かもしれない。
「でもなあ、先生に聞くったって、ここの学園には数学の先生はいないぞ」
ネズミ君はふうっとため息をついた。
「あっ!」
「どうした、妙子さん?」
「いますよっ、先生っ」
「え?」
「あの先生に聞いてみましょうよっ」




