アヒルは似ていて、手のひらは返される
改めて数字を眺めてみる。
1と0を交互に表して、五段のピラミッドが作られていた。桁数で言えば、上から1、3、5、7、9と、二桁ずつ増えている。
この形に意味はあるのだろうか?遠目で見ると何か形が浮かび上がってくるかと思ってやってみたが、そういうことではなさそうだな。
「それかイイゴ冷凍かな?冷凍イイゴ。南国のフルーツかもしれん。給食に出たか?」
「どうでしたかねぇ?ウチの地域ではなかったような?」
「0はオーって読むんじゃないの?オーとイチなら王会長」
「それとこの問題とどう関係があるんだ?」
「王会長の背番号は89」
「一桁ってあるだら?」
「イイゴって、マンゴーに似た果物でしたっけ?」
「いい子冷凍かもな。いい子にしてれば、世界が滅亡しても冷凍保存してもらえるよという意味だ」
漫才をやってる三人は放っといて。
何か引っかけがしてあるのかもしれない。もう一度問題文をよく確かめてみる。
アヒルの数え方、か。
それかどうかはわからないが、一つ僕の頭に閃いたことがあった。
「これ、二進法じゃないかな」
「二進法?」
「うん、0と1だけで表しているということは、そうだよね」
ネズミ君は、ポンと手を打った。
「そうだ、それだ!二進法だよ。勇者ちゃん天才!誰だ、語呂合わせとか言ってたやつは」
あんただよ。
「そうか、そうか、アヒルの数え方だ!アヒルは数字で言ったら2だ。だから二進法なんだ!」
「なんでアヒルが2なの?」
「だってアヒルは2に似てるら?」
…そういうこと、なのか?
それはそうと二進法とわかったところで、これをどうにかしなくてはいけない。
「よし、これをまずは十進法に直さないとな」
ネズミ君はリュックからメモ帳を取り出した。
「できるの?」
「あたぼうよ。ええと、一段目は1でいいな。二段目は101だから、1×2の二乗+0×2の1乗+1×2の0乗。つまり4+0+1=5か」
要するに、こういうことだ。例えば、十進法で222という数字は、2×100+2×10+2×1と表される。小学校の算数でやったやつだ。これを乗数を使って表せばこうなる。2×10の二乗+2×10の1乗+2×10の0乗。この10のところを2に変えれば、今ネズミ君がやった計算になる。
で、それを五段に渡って繰り返した結果がこうだ。
1
5
21
85
341
「で、どうなんだ?」
意見、意味のないような数字の羅列ができあがった。
「なんだ、勇者。二進法じゃなかったんじゃないのか?当てにならんなぁ」
さっきは天才と持ち上げたのに、今度は当てにならないときた。流石は小市民の代表ネズミ君。大衆の得意技、手のひら返しで攻めてきた。
「そうかな?アヒルの数え方っていうんだから、二進法じゃないの?」
「アヒルが2だからって、二進法とは限らないら」
「でも2にちなんだ数え方なんだから」
「アヒル算じゃないか?附属中学の受験で出たかな?」
「ストップ!」
僕らが二進法だ、二進法じゃないら、とやりあっていると、破壊の女神が現れて議論を壊していった。
「二人とも難しく考えすぎじゃないの?答えは一桁なんでしょ?それでアヒルなんでしょ?だったら2でいいんじゃないの?」
少々乱暴な意見だが…。僕はネズミ君と顔を見合わせた。
「そうだよな。よく考えてみりゃ一桁なんだから、9回やれば必ず当たるわな」
「それもそうだね。別に僕らを永久に足止めしたいわけじゃなさそうだし」
ウンウンと頷きあう。
「じゃ、勇者頼むわ」
で、僕がやるのね。
アヒル手に取ると、僕は2の枠の中に入れた。すると。
グワーン。空間が回る。
例のワープするときの現象だ。物理的に考えて空間が回るなんてありえないのだが、そうとしか言いようのない、これは視覚的な体験だった。
次には、目眩をしたときのような気持ち悪さがやってくる。
「ウッヒョーホ、でかした鉄子!」
例のガガンボが羽ばたくような動作で、ネズミ君が喜びの舞を踊った。彼だけはこれが面白いっていうんだよね。この人、絶対生まれつきどうかしている。
「うう〜、ちょっと静かにして」
しかし当のヒロインは頭を押さえていた。
「鉄子さん、2でよかったみたい。どこかにワープしたよ」
「ウフフ、こう見えても算数は通信簿アヒルだったのよ」
得意科目だったと判断してよろしいのだろうか?
「何だ、勇者。それ持って来ちゃったのか」
「あれ、本当だ」
僕は黄色いアヒルを握り締めたままだった。おかしいな、手を離したと思ったのだが。ひとまずポケットに入れておく。
改めて今いるところを確認してみる。1ブロック四方の部屋で、一つだけ扉が付いていた。
「よし、早く行こうぜ」
せっかちなネズミ君は既に扉を開いて待っていた。
「はいはい、行きますわよっての」
鉄子はアオダモの棒を肩に担いで扉へと向かった。盗賊をシバきにいったのかもしれない。妙子もゲンちゃんも無事だった。バスケットボールもちゃんと転送されている。
ふう、でもワープが発動したってことは、答えは合ってたんだな。なんだ、単純に考えればよかったのだ。
扉を出たところは、まっすぐ続いている通路のようだった。途中、両側に扉があるところがあったけど、まだ通路は続いていたので、とりあえず無視して行けるところまで行くことに。
更にしばらく進むと、通路の終わりに達した。左手に扉が付いている。
「よし、行くぜ。モンスターがドバーってことはないだろうけど、また幻覚に注意だな」
ネズミ君自らドアを開いた。
「……」
しばし絶句。よっぽど強烈な幻覚であったのか。何々と、僕らも扉の向こうを覗き込む。
部屋の中は明るかった。それも蛍光灯のような。
「幻覚か、これ?」
恐る恐る中に入って行く。そこは僕たちに非常に馴染みのある光景だった。何度も訪れた場所であった。
「まるでこれは…、これは」
「スーパーだね」
中はダンジョン地下一階のほぼど真ん中に鎮座するモンスター用のスーパーマーケット、ちんぶり商店ダンジョン支店にそっくりであった。この中を通ると近道になるため、僕らは何度もここを通り抜けていた。いや、しかし…。これは些かそっくり過ぎないであろうか。
「あ、ゲンちゃん。駄目、駄目!」
何かにおうらしく、幻獣が駆け出した。後を追いかけると、レジのところに出た。辺りには香ばしい揚げたてのクリームコロッケのようなにおいが充満していた。レジの中で、カッパが人面魚を揚げていた。それは本当にリアルで、生々しく見えた。
「くう〜、こんなとこまで本物そっくりだな」
あくまで幻覚を疑わないネズミ君だったが。
「ねえ、勇者さん。これって本当に本物じゃないの?」
僕は鉄子に同感だった。
「うん。きっと本物だ」
「どういうことだよ」
「今、通って来た通路、見覚えないかな」
ネズミ君もやっと気付いたみたい。
「もしかして、さっき飛ばされてきた部屋ってのは」
「地下一階の東側にある、ワープの終点」
そうだ。僕らはアヒル館からそこまで飛ばされ、通路を通ってちんぶり商店の北東の入り口から店に入ったのだ。




