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風に舞い散る勇者の如し  作者: いもたると
第四部

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188/206

蜜は甘くて、リンゴは黒い

「イー、ヒッヒッヒ…。これはこれは、イキの良さそうな若者じゃのう」

 謎の人物はヒタヒタと近づいてくる。杖をついているようで、コツコツという音が響いた。

「どっからでもかかってきんしゃい!それともこちらからいってやろうかしら?」

 鉄子はアオダモの棒を構えて、今にも敵に襲い掛かりそうだった。

「鉄子さん、待って」

 得体の知れない違和感を感じて、僕はネズミ君が置いたランプを拾い上げた。光を当の人物に向けて、敵の正体をよく確かめようとする。

「んんん…!おばあさん?」

 面食らった鉄子。それは一人の腰の曲がった老婆であった。杖にランプを掛け、黒っぽいローブらしきものを纏っている。

 こんなところにおばあさんが、どうして?という一瞬の疑問は、僕の頭の中で高速空転して、一つの観念を結びあわせた。

 ここで一句。ダンジョンに老婆が一人徘徊中。…って、俳諧に目覚めている場合ではない。

「イーヒッヒッヒ、若者よ…」

 そんな知性の無駄使いをしている間にも、老婆との距離は確実に縮まっていた。

 頭に被ったフードの脇から、脂気を失った白い髪が伸びる。土気色の肌、皺の深い顔の真ん中には、意地の悪そうな鷲鼻がでんとぶら下がっていた。

 ローブから覗く枯れ枝のような手。杖を持たない方に下げているのは、籠だった。その中には、リンゴが盛られている。これはまさしく…。

「お、おとぎ話に出てくる魔女みたいですね…」

 妙子に言われるまでもなく、僕も同じことを考えついた。そうだ、魔女だ。これは、いわゆる一つの魔女のイメージそのものだ。

「ナマンダブ、ナマンダブ…。ん?バンシーじゃないのか?」

 怖がりネズミが顔を上げて、近づいてきたものの正体をよく見定めた。

「なんでぇ、きったねえババアじゃんか!伝承にあるバンシーは老婆のこともあるけど、異世界のバンシーは薄幸そうな若い女と相場が決まってんだ。異世界の若い女とくれば美女と相場が決まってらあ!かわいいバンシーちゃんのお姿が拝めるかと期待したのに、損したぜぇ」

 さっきまで怖がっていたくせに、急に180度態度を変えた。これぞ大衆の得意技、手の平返し。さすがは小市民のイデアが具象化した男、偶像的大衆だ。

「イーヒッヒッヒ…。ほれ、お若いの。一つリンゴはいかがかな?」

 今のネズミ君の暴言が老婆の耳まで届いていないとしたら、神に感謝せねばなるまい。

「おばあさん、なによ、リンゴを売ってるってわけ?福岡のリンゴだったら、協力してあげてもいいけど」

 そのとき僕は鉄子がデタラメを言っているのだと思った。福岡でリンゴが出来るものか。だが、後で調べてみたら、本当に福岡でもリンゴを作っていた。それはさておき。

「鉄子さん、駄目ですよっ。これは毒リンゴですぅ」

 と、妙子が制した。

「え、毒リンゴ?妙ちゃん、リンゴに詳しいの?」

「はい、桐の箱に入って高級スーパーに売っているのがいいリンゴで、ダンボールの箱に入って普通のスーパーに売っているのが普通のリンゴです」

 このお嬢様は偏った情報の元で育ってきている。

「でも、籠に入れて魔女のおばあさんが売っているリンゴは、毒入りリンゴなんですっ」

 推論の道筋は間違っていても、正しい答えに辿り着くならそれでいい、か?

「あと、お尻が黄色やオレンジに色づいているものが、蜜が多いリンゴだそうです。でも、店頭に並んでいるリンゴはそもそも一定レベル以上のものしか出荷していないはずなので、いちいちひっくり返して見る必要はないって、長野のおじさんが言っていました」

「そのおじさんって、何やってる人だ?」

 と、ネズミ君。

「ギ、ギターの流しですぅ」

 当てになるかな?

「ほれ、若い衆、よく見てみるがええ。甘ーい甘ーい、蜜たっぷりのリンゴじゃぞえ。イイーヒッヒッヒ…」

 老婆はリンゴを一つ手に取って、逆さまにして僕らに見せた。

「妙子さん、どう?」

「なんか、黒く色づいてますね」

 リンゴのお尻は、まるでそこに夜を閉じ込めたように、どんよりと黒ずんで見えた。

「ちょっと、おばあさん!墨汁入りのリンゴを売ろうなんて、いい根性してるわね」

 いや鉄子、他に疑うものがあるだろう。

「ばーさん、白雪姫のところにでも持ってってやんな。おい勇者、こんなところで油売ってないで、とっとと行くぞ。早くお前の呪いを解かんといかん」

 ネズミ君は僕の手からランプをもぎ取ると、お婆さんを避けて進んで行こうとした。

「なんじゃ、お主らは根性がないのう。いつも会う東北訛りの坊主は、喜んでかじるというのに」

 東北訛りの坊主…。独出君か。そういやいつか、毒に対する耐性をつけるために、わざと毒を受けていると言っていたな。そうか、これだったのか。

「それじゃ、おばあさん、さようなら」

 僕らはそそくさと通路を先に進み、扉を開けて西の階段へと向かった(3.13)。あんなことをしていたら、命がいくつあっても足りない。

「なんだったのかしら、あのおばあさん」

「ちんぶり商店の出張販売かもしれん」

 だとすると、学園公認で生徒たちに毒リンゴを売っていることになる。バンシーの方が良かったかなぁ。

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