昔は蘇り、妄想は我に返る
「あ゛〜」
「う゛あ゛〜」
「メェ〜」
ノブさんの酒場。いつものテーブルで、パーティが絶望に打ちひしがれていた。
先程のショックから、まだ完全に回復していない。
ゴキブリでいっぱいの部屋から這々の体で逃げ出した四人と一匹は、命からがら学園に逃げ帰ったのである。
よっぽど激しい戦闘が行われたと見える。勇者以外の三人は、心に大きな深手を負っていた。
不用意にも彼らが足を踏み入れた部屋は、まさに悪魔が巣食う巣窟であった。
一見して暖かな気候と緑豊かなパラダイス。だがそれは悲しい冒険者たちを地獄へと誘う、甘い罠であった。
油断をさせておいて、ひとたび明かりがつくと、理想的な環境ですくすく育ったGさんたちが目を覚ますという寸法である。
まさかこんなトラップを用意していようとは、ほんっと意地悪な学園だ。
しっかし、たかがゴキブリだぜ?ちょっと普通のよりは大きかったけど、そんなに怖がることなんてないのに。
ゲンちゃんまでが怯えたのには参ったよ。猫ってゴキブリを捕まえるものじゃなかったかな。ペット化すると野生を失っちゃうなぁ〜。ま、もっとも、人間のようにショックを後に引きずらないだけマシだけど。
「な、ゲンちゃん。人間って情けないよな」
「ワンッ!」
……。
野生を失った猫など、もはや猫ではない。
「あ〜、俺、食欲ない。勇者、俺の分まで食べてくれ」
「何言ってんの。食べなきゃ駄目だよ。今日ノブさん、昭和の洋食フェアやってるよ。せっかくだから、今しか食べれないもの食べようよ」
と、みんなを励ます。
その結果。
ズルズル〜、ズルズル〜。
みんなは食堂の隣にある購買部で買ったカップ麺を、仲良くすすっていた。
昔懐かしい鉄板ナポリタン、エビフライにハンバーグ。くっそ〜。グラタン、オムライス、コロッケ。食べないんなら僕がもらうよ、という魂胆だったのに。
「あ〜、世の中にカップ麺があってよかったわ。こんなときは、こういうものじゃないと喉を通らないものね」
「メェ〜」
しかし、元々異次元のメニューの豊富さを誇るノブさんの酒場である。よく考えたら、昭和の洋食とはみんな普段のメニューにあるものばかりであった。
そんな中、僕は見慣れないメニューを発見した。なになに、ライスカレーか。カレーライスとどう違うのだろう。
普通の何も具が乗っていない素カレーは220円、唐揚げカレーになると280円である。ショーケースの中の食品サンプルでは、どんな具が乗っているかまではわからないが。
いやいや、サンプルは素カレーの使い回しだが、350円か。これにしてみるか。
………。
結局、僕にはライスカレーとカレーライスの違いが最後までわからなかった。ただ、昔のものを現代に蘇らせると、値段は高くなるのだということを学習した。
翌日のザビエル暦六月第二週二日目は、なし崩し的に課外活動お休みとなった。
みんなの精神的ダメージが深過ぎて、冒険どころではなかったのである。
今日は午前中だけで終わりかと、勇者科の教室にて授業の準備をする。外はどんよりと曇り模様。そういやそろそろ梅雨であろうか。
マタドール先生が来るまで、まだ時間がある。ほんのわずかでも空白の時間があれば、知らずと妄想へと誘われる…。
…屈強な冒険者たちは、深いダンジョンの中を進んでいった。行く手を塞ごうと、火を噴くドラゴンや邪悪な魔法使いが襲ってきたが、百戦錬磨の彼らの敵ではない。とうとう最深部まで辿り着き、残すは魔王の住む部屋のみとなった。
「よし、罠は解除したぜ」
扉には魔法とテクノロジーを組み合わせた、恐ろしい罠が仕掛けられていた。不用意に開けようものなら、今頃哀れな冒険者たちは石の中である。
だが、ネズミ小僧ネズ吉にかかっては赤子の手をひねるが如し。あっさりと罠は解かれた。
「後はわたしたちの番ね。任せといてちょうだい」
美しい女戦士が、破壊の棒を構える。ひとたび振るえば、どんなものでもライトスタンドまでかっ飛ばす魔法の逸品だ。彼女の素肌は露出度の高い鎧に包まれている。まるで水着だが、魔法の力によって強力な防御力を誇っているのだ。
「ゲンチャーロス、これが最後の戦いだよ。もうちょっとお願いね」
「このゲンチャーロス、我が身に変えても、ご主人様をお守りいたしますぞ」
幻獣使いと幻獣は一心同体に通じ合っている。旅を始めた頃は、まだ子猫のようだった幻獣も、今や幻獣界の王に成長した。
「さあ、行くよ。みんなの力を合わせれば、不可能なんてない」
かっこいい鎧兜に身を包み、かっこいい剣を装備したかっこいい勇者がかっこいいことを言う。数刻ののちには、彼は伝説として末代まで語り継がれることとなろう。
「魔王、出てきんしゃーい!」
女戦士が華麗に踊り込んだ。プリプリとしたお尻の後に、鼻の下を伸ばした勇者たちも続く。
おや、なんだここは?
てっきりおどろおどろしい悪趣味な部屋かと思いきや、台所じゃないか。
「フハハハハ、よく来たな勇者ども。だが、お主たちにこの私が倒せるかな?」
冷蔵庫を背にして仁王立ちしているのは、白い割烹着を着た魔王。片手にフライパンを持ち、もう片方の手には大根。
「我が声に応えて姿を現せ。出でよ、ゴキ将軍!」
しまった、ゴキ将軍を召喚した!
勇者はとっさにバリアの魔法を唱える。この中にいれば、たとえゴキ将軍といえど入ってはこれまい。
だが、間に合わなかった。バリアの外にいる仲間たちが、ゴキ将軍の攻撃を受けてしまう。
「ドゥわぁ〜」
「うっぴゃあ〜」
「メェ〜」
「ニャン!」
かくして恐慌に陥った勇者の仲間たち。魔王も恐れる屈強な冒険者も、台所では粉々になってしまったのである。
「俺、もうこの学園やめる〜!」
「もう嫌!あたし、田舎帰る〜!」
「メェ〜」
「ワン!」
たかがゴキブリで大袈裟な。やれやれ、そんなこっちゃ異世界じゃ戦えないぜ?
「ねぇ、独出君?」
「なんだい?」
朴訥な声に、ふと我に返る僕。
ここは魔王のダンジョン、ではなく、勇者科の教室である。彼に話しかけるつもりはなかったのだが、妄想の続きが声に出てしまった。なんだ、ゲンチャーロスって。




