ボールはFで、Gはパニック
「行くよ!」
玄室の可能性ありということで、ピリッと緊張が走る。
そういえばしばらく実質的な戦闘をしていない。スーパーには遠く、いかがわしいエリアには近いが、居住環境の悪さをものともしない剛の者なら住めないことはない。
ガチャリとノブを回して扉を開け放つ。
ウラァ、怪物、出てこんか〜、と、血の気多い系女子が踊り込んでいくかと思いきや、意外にも鉄子は慎重に中を伺っていた。
「どしたの、鉄子さん」
「ううう〜、なんか嫌な予感する」
ブルブルと小刻みに震えている。さては彼女の苦手なオバケ系モンスターか。
しょうがないなぁ、僕が先頭で入ろう。本当は鉄子が先に行ってくれると、危険も免れるし丸いお尻も拝めるのだが。
…これ以上、価値を下げないうちに前進しよう。だが、奮い起こした勇気を妨げるものがあった。
「なんだ、これ」
部屋の内見に行ってこれだったら、絶対選ばない。
「部屋の中が木でいっぱいだよ」
まるでジャングルのように、中は鬱蒼と植物が生い茂って僕らの行く手を阻んでいた。
どうやら足元は土である。またこのパターンかと、イナゴの大群を突っ切ったときのことを思い出す。が、部屋は真っ暗であった。
「光を必要としない、異世界の植物でも栽培してんのかな?俺も詳しくは知らんけど」
ネズミ君のランプは、葉っぱに遮られてあまり遠くまで伸びていかなかった。パット見はシダ植物のジャングルに見える。
「実際、異世界に行ったときに一番活躍するのはレンジャー科なんだよな。食べられる雑草とかにも詳しいし。アウトドア志向が強過ぎて、一般の生徒からは敬遠されがちだけど」
それは現実世界にも当てはまる気がする。
レンジャーのいない僕たちだが、入っていかずにいられない。体を横にしたり頭を下げたりしながら、苦労して草木を掻き分け進んでいく。
困ったのはバスケットボールである。
「痛て、てて!勇者、ちゃんとドリブルしろよ」
「無理だよぉ」
木の根っこやなんかに跳ね返って乱反射するのだが、それは大いにネズミ君だけを悩ませた。前回のプレイで誰にぶつかればいいのか学習済みなんだ。賢い、賢い。
それにしても。
「なんか、暑くない?」
季節はもう夏だと言っていい。だが僕らは地下に下りていくため、みんな冬服だ。冷んやりとしたダンジョンの中では季節感がないが、この部屋はなんだか蒸し暑い。
「確かにな。きっと(ウキュ!)魔法で温度が一定に(ウキュ!)保たれているんだろうさ(ウキュ!)。植物園でも作って(ウキュ!)いるつもりかな」
ボールは不安定な地面に降りるのを避け、ネズミ君の頭の上でバウンドを繰り返していた。ちゃんと自分で安息の地を見つけたのだ。賢い、賢い。
「ねえ、なんか出てきたりしない?」
鉄子はまだオバケの影に怯えている。
「ケケケ、森の奥から声が聞こえる。森を荒らすものは誰じゃ〜、イッヒッヒ。いでッ、ででッ、デッ!」
鉄子を揶揄ったネズミ君の頭に天罰が落とされた。フェミニストなボールなのだ。
「あ、あれ、扉じゃない?」
草木を掻き分け進んで行くと、やがて生い茂った葉っぱを透かして、前方に扉が見えてきた。
「まったく(ウキュ)、サルのモンスターかなんかいるのかな(ウキュ)」
サルに襲われる前に、なんとか扉まで行きたい。そう思ったそのときだった。
「おや?」
急に部屋が明るくなったのだ。蛍光灯がついたみたいに、パアーッと。
「なんだ(ウキュ)、魔法か!?」
魔法?誰かが今、魔法を使ったのか?誰かって誰だ?敵か!?
敵だとしたら、魔法使い?魔法を使えるモンスター!?
急にゾッとしたものが背筋を駆け抜けた。
今まで魔法を使ってくる敵と、直接戦闘になったことはない。
考えてみたら、そうなんだ。僕らが魔法を使えるということは、モンスターだって使う可能性があるということだ。
もし相手が魔法使いだったら、どうしたらいい?どうやって防ぐ?こちらに魔法使いのいないパーティで、ちゃんと戦えるのか?
高速で頭を回転させても、不安が膨らんだだけだった。そのとき、足元で妙な音が聞こえた。
カサカサ…、カサカサ…。
うん?何だろう?この音、どこかで聞いたことがあるような?
「な、何も起きないわよ」
「いや、気をつけろよ(ウキュ)。物理攻撃だけが(ウキュ)魔法じゃないぜ。本当に怖いのは(ウキュ)精神を攻撃する魔法だ。どんなに体を鍛えてたって、こればっかりは(ウキュ)避けられないからな。得てして(ウキュ)知性が高ければ高いほど(ウキュ)、そういう魔法にかかりやすいっていうぜ」
ということなら、ネズミ君は心配ない。
カサカサ…、カサカサ…。
カサカサいう音が近くなっている。
そのときだった。
「ゾ!ゾゥわああああ〜〜〜!!!」
ネズミ君の悲鳴。なんだ!?
「フヒィミャア〜〜〜!!!」
今のは!?ゲンちゃんじゃない、鉄子だ!
「ピャ!ギャ!フゥア!メェ〜〜〜!!!」
妙子!?君は羊飼いじゃないぞ!?
な、な、なんだ!?
パーティが恐慌に陥っている!
まさか、魔法?精神を攻撃する魔法か!僕は平気だけど!?
「アオ〜アア〜〜〜!!!」
今度はゲンちゃんまで!?
猫に作用して、僕には効かないとは一体どういうことだ!?ゲンちゃんの方が僕より知性が上なのか!?
「ドォうわぁ〜〜!!」
「うっピャーッ!!」
「メェ〜〜!!」
「ア〜オ〜!!」
「みんな、どうした!?落ち着いて!!」
みんなパニックに陥り、右往左往。でも大して身動きできないものだから、あちこち枝に体をぶつけたりしていた。
「ネズミ君、しっかりして!」
「おぅわっ、おわっ、勇者、たす、助け!助けてくれぇ〜!」
「なんともないよっ、冷静になるんだ!」
「助け!プひゃあ!ゴ、ゴキ!ゴキ、ゴキ、ゴキ〜!!」
「え、これのこと?」
僕はネズミ君の顔についていた黒いものを、ひょいと指で摘み上げた。
普通に目にするものよりは、ちょっと大きいけど。
気がつけば、そこら辺の枝やら葉っぱやらに、無数の黒いものが蠢いている。僕の足にも何匹か登ってきていた。さっきのカサカサいう音の正体はこいつだったか。
「ヒイ、ヒイイ〜〜!!…ウキュ!」
ネズミ君の頭に登った輩は、忠実なるバスケットボールが潰してくれた。




