人は罪を抱き、青春は回り道
「つまり君は、そのう、間違っていたらごめん。夢と純愛とを天秤にかけているということだ」
隣に並んだ独出君の表情はよく見えなかったけど、あまり納得していないように思われた。
「いや、夢というのは、その、君が言ったようにフワフワしたものじゃなくて、もっと重大な、つまり君の全存在がかかっている。君だけでなく、故郷の人たちの期待を背負ってもいる」
「それだけじゃないよ」
「そう、それだけじゃない。むしろそれは義務と言った方が適当なものなんだ。いや、義務でもないな。大義とでも言おうか。人が行う最高にして最善の道なんだ」
「もっとさ」
「そう、もっとだ。それは個人の道だけど個人じゃない。もっとこう、全人類の命運がかかっているような重大なものだ。人類が進むべき方向なんだ」
首を傾げる独出君。
「存在の意義だ。意識の到達点だ。宇宙の神秘だ。とびきり重大でスーパーで、ウルトラハイパーでデラックスな、根本的に深刻でデミウルゴス的にデミグラスなものなんだ」
「メタクソシャイニングなやつさ」
……。
意外と事は単純かもしれないな。
「えっと、独出君。あの後どうしたの?」
「あの後?」
「うん、チニダーで会ったでしょ。ああ、あのときはありがとう。お礼が遅くなってすまない。君はあれからどうしたの?あ、海で会ったとき、凄く意志の力を必要とするエリアの攻略に向かうって言っていたよね。それから、あのときも君は罪について言及したね」
その後、僕らはチニダーで出会った。そして今、女のことを話している。
いくら鈍い名探偵だって、わかりそうなものだ。
「ここ最近の一連の出来事が、君の精神の危機に関連しているようなら」
僕らは立ち止まった。独出君は、目の前の景色を吟味しつつ逡巡しているようだった。
「起きてしまったことを悔やんだってしょうがないさ。今、どんな選択をするかが大事だよ」
結局、僕の回答は一般に帰着した。そして彼は選択したのだ。
「メロンパン。君は?」
「パンの耳」
僕には選択肢なんてない。
「悪いけど、立て替えといてくれるかな。急に君に会うとは思っていなかったから、持ち合わせがないんだ」
「う、うん」
僕は彼の分まで代金を支払った。僕らはいつのまにか購買部に着いていた。他に彼はあんぱんとリンゴジュースも選んだ。
「無学君、人間とは罪深いものだね」
「罪を抱きしめるのも、人間だよ」
なんてキザな台詞を、そのときは吐いてしまった。だがいっそのこと、君は馬鹿だと言ってしまった方が良かったのかもしれない。
彼に立て替えたパン代は、その後僕らの話題に登ることはなかった。
罪って、そういうことじゃないかい?
「おっと、意外な奴に出会したな」
ネズミ君はその人物の顔を覗き込むように、腰を屈めた。
ボールペンの豆電球を光らせて、瞳孔を覗き込む。
患者はまだしばらく夢の中のようであった。
ランプは妙子が持っている。六月第二週一日目、僕らは地下二階南西エリアのダークゾーン、通称チニダーと呼ばれる場所の入り口にいた。
サキュバスに襲われないよう、照明係を女性に交代。他の三人も、新たにマッピング用ボールペンを所持していた。
これまでに三度もランプを失って途方に暮れた結果、僕らは一つ学習していた。多少ゴールドを手に入れたこともあり、全員が一本ずつ豆電球付きのペンを持つことにしたのである。
他に、ネズミ君だけに財布を預けるのは危険ということで、ゴールドは四人で分散して持つことにした。
均等に分けるのではなく、ネズミ君が親になって、僕らに少しずつ分配する方式だ。
「あ〜あ〜、幸せそうだな〜。よっぽどいい夢見させてもらったってか」
この光を跳ね返す特殊なダークゾーンの内部には、多くのサキュバスが巣食っている。
彼女たちは男性の冒険者を襲い、夢を見させるのと引き換えにお金と精力を奪う。そして事が済んだら、夢の中の優しさとは打って変わって、冷酷にも入り口に捨てておく。
今日も犠牲となった冒険者が一人。スヤスヤと幸せそうに寝息を立てていた。勇者科クラスメイトの、独出進君である。
週末に彼から精神の多大なる危機について悩みを打ち明けられた僕である。が、なんのことはない、独出君は異世界を救うという大目標から脇に逸れて、チニダーに入り浸ってしまっただけだ。
孤高の仙人もおなごのふくらはぎには勝てぬと見える。
「起こしてやるか?」
「いや、そっとしておこう」
幸せそうに眠る彼を残して、僕らはダムダムと西方に移動した。これだけボールを突いても起きないところを見ると、相当疲れが溜まっていたのだろう。
ぐっすり眠れ、若者よ。サキュバスは健康にいい。
壁に突き当たるまで西へ。そこから南に進路を変える。
壁伝いに行けばダークゾーンから出られると、王さんに教えられたが、それは本来入り口から東へ壁伝いという意味だったようだ。
だが僕らは壁伝いに南へ進んだ結果、入らなくてもいい部屋に入ってしまい、所構わずバスケをする迷惑な人になってしまっている。
学園内であまり有名になるより先に、この呪いを解かねば。
程なくしてダークゾーンを抜け、ランプをネズミ君に戻す。扉を開けて東へ進めばすぐに、扉が南北に二ブロック続けて並んでいるところに出る。中はバスケットボールを楽しむことができる部屋になっており、貪欲に最後まで楽しんだ結果、僕は呪われてしまったのだ。
欲をかくのもほどほどにせねばならない。
つい先程、欲に溺れた成れの果てを見たばかりだ。
このダンジョンの存在目的は何か。そう、生徒を教育するためだ。実によくできた教材である。
南側の扉の反対側には、西向きの扉が付いていた(3.3)。
杏里先生の言葉から察するに、僕らが進まんとしている先は、本来行く必要はないところのようだ。
だが青春に回り道は付き物である。余計なことを疎んじるのは、人生の残り時間が短くなってからでも遅くはない。
それもこれも、余計なことをしたせいである。




