大人は穢れて、青春はフラメく
「い、いや、その後どうしてるかなと思って」
といっても、そんなに関心があるわけではない。チニダー入り口で幸せそうに眠る彼を発見したことは内緒にしておく。
「ああ、あれか」
独出君は、意外と晴れやかな顔をしていた。この間はあんなに深刻そうだったのに。
「顔色は良さそうだね」
「うん、僕も吹っ切れたよ。君の言うように、何事もそんなに深刻に捉えることはない。僕らは移り変わっているんだ。移り変わりこそ人間だ。変化することは、悪いことじゃない」
えーっと…、僕、そんなこと言ったかな?あんまり僕の話、聞いてくれてないような。
「僕はこう考えることにしたんだ。人間っていうのは、大人になるためにイニシエーションを必要とするものなんだ。誰しも経験することだ。その経験が突然であったり、人と比べてあまりに早かったりすると不安になってしまうけど、人それぞれ成長の速度は違うから。僕みたいに精神的な成熟が早ければ、それが疾風怒濤なものであっても、経験に対して悩むことはないんじゃないのかなと」
経験…。ねえ、僕、今マウント取られてる?
「もちろん経験の仕方にもいろいろあるよ。それが思い描いていた理想と違っていたりすると、心の中の子供の部分が泣いてしまうかもしれない。でも、大人になるってのはそういうことなんだ。ストレスに対してレジリエンスを身につけていくものなんだ。確かにイノセントな魂にとっては脅威だよ。幼い魂を守っていたコクーンのようなものは、それによって破壊されるだろう。だが、人は成長過程において新たな武器を身につけていく。それはなんだと思う?」
「さ、さあ?」
願わくばあまりカタカナは使わないでほしいのだが。
「矛盾と不条理だよ、君、大人というのはね。母の腕に抱かれて無垢と純真さを養分にして生きるのが子供なら、自分の足で立って矛盾と不条理を血肉にして輝くのが大人なんだ」
……。
僕、今マウント取られてるよね?
「君はこういう経験をしたことはあるかい?」
「いや、まだだけど」
「そうか」
彼はフッと寂しそうに笑った。それがなんだか僕には、嘲笑ったようにも見えた。
「純真さとは美しいものだよ。でも僕はもう大人だからね」
言いたいことだけ言って、彼は自分の席に着いてしまった。
ねえ、サキュバスって、ただ夢を見させるだけだよね?経験って、そんな意味じゃないよね?
万物は移り変わる。やがて僕らは大人になる。ただ一つだって、変化しないものはない。でも彼が矛盾と不条理でできていることだけは、永遠に真理であろう。
ふう、付き合う人は選ばねばならぬ。
ちょうどよかった、闇野さんが入ってきた。闇野さんと話そう。夢の世界のサキュバスよりも現実の女性だよ。
闇野さん曰く、女子(から見て魅)力に欠ける独出君には悪いが、僕にはイケメン疑惑がある。女性との交際だって意外と近いかもしれないぞ。
「やあ、闇野さん、おは……。おはよう…」
いつもカラスの集団自殺現場からやってきました、といった感じの闇野さんであるが、今朝はいつにも増してダークなオーラをまとっていた。
「あ…、無学…、君…。いたの…」
「…いました」
すぐ後ろの席ですけど、見落としますか?
「どうしたの?酷く疲れているように見えるけど」
「うん…、ちょっとね」
「昨日授業にいなかったけど、どうしてたの?週末は実家に帰ってたんだよね。あ、たまたま寛木さんに会って」
「うん…。いろいろあって、すぐに戻ってこれなかったの」
いろいろ?なんだろう、ショックなことでもあったのだろうか。女の子のいろいろは、知りたいけど男子が知っちゃいけないような気もする。
「大丈夫?今日も異世界に行くの?」
闇野さんは先輩のパーティに入れてもらっている。僕らが地下二階でボールと戯れているあいだにも、この女子はずっと先の経験まで済んでいるのだ。
「う、ううん。今日は休ませてもらう。それより、無学君。今日、暇?」
「え!?ぼ、僕らも、今日はいろいろあって休みだけど?」
ドキドキドキ…。
女の子に今日は暇かと聞かれるシチュエーションとは。
「後で、相談に乗ってくれる?」
「い、いいけど?」
女の子に相談に乗ってほしいと言われる状況とは!?
「ちょっと、悩んでるんだ。男女関係のことで」
ダ!?ダ、ダ、ダ、ダ…、ダ!???
「ブエノスディアス、アミーゴス!青春してマスか、若者たちよ?大いに恋シテ、大いに悩ンデ、大いにフラメキなさい」
そこで大いにテンションラテン系のマタドール先生が入ってきたため、それきりになってしまった。
「青春はフラメンコです。情熱はフラメンコです。ビバ、恋のトキメキフラメンコ。ボニータ・ボニート、トマ・ケ・トマ!」
だ、男女関係?男女関係!?
なんなのだろう、ラテンのノリで解決できるものなんだろうか。




