愛は優しくなくて、癒しはダムダム
週末の休養日。せっかくだからと、僕も映写会に行ってみることにした。
毒沼講堂にて、ファンタジー映画を上映するという。
映画なんてものは見たことがない。ここらで一つ経験しておくのもよかろうと思う。
聞くところによると、男女交際のいろはは映画から始まるという。サキュバスのいろはは最上位だが、いきなりそこから始めるような男は太陽の下でデートはできぬ。
やはり物事には順序というものがある。男と女も純情から始めねばならぬ。映画もまだというのに、女性の肌に触れるなどは言語道断。まさに論外無法、陰湿無残、忌まわしさの極みである。
ダムダムやりながら廊下を歩いていくと、自然と周りの生徒たちの、奇異なものでも見つめるかの視線を集める。
僕は興味本位をかきたてるセレブである。その実、彼らにそれほどまでの僕に対する関心がないことはわかっている。
ただ暇を持て余す彼らの侮蔑的好奇心に、おあつらえ向きの生贄を供給してあげているだけなのだ。
もしノミの肛門ほどの情けがあるならば、どうかそっとしておいてほしい。
この憐れな子羊が希求するものは、愛よりも無関心である。無関心こそは優しさである。もし愛の反対が無関心ならば、つまり愛は優しさと相性が悪いのだ。
ダムダム…。
注目など無視しよう。彼らがしてくれないのなら、こちらからするのみだ。
ダムダム…、無視無視。ダム…、無視、無視…。
ダムダム無視無視、ダム、無視無視。ダム無視ダム無視、ダ、ダ、ダ。無視無視ダムダム、ダ、ダ、ダ。
ダッダ無、ダ無。ダムダムダム。ダッダ、ダッダ…。
「あら、無学さん」
ちょっとノリノリになっていると、僕に声を掛けてきた者がいた。
この幾重にも張り巡らされた我が鉄壁の対人遮断フィールドを突破するとは、いかなる剛の者か、あるいは命知らずのうつけ者か。
「無学さん、ごきげんよう」
おや、この声は、涼やかなる中にふんわりとした癒し。上品でいて、かつ艶かしい。
その響きからして、まるで天上のイデア界より降り注ぐ、至高のムチムチ加減…。
「あ、寛木さん」
ドリブルをやめて足を止める。
声を掛けてきたのは勇者科のクラスメイト、闇野あかりさんのパーティのメンバー、ミス歩く癒し系こと、寛木なごみさんであった。
闇野さんという、鵺的美少女の親友とは思えないほど、ほんわかした雰囲気。肉感的だが肉感的過ぎない、ほどよい体型。大きさ的には妙子の方が勝るが、彼女のはちょっと身長に比してアンバランスだ。そこがまた魅力でもあるのだが…、いやいや、僕は何を考えているのだ。
「しばらくぶりです。お元気でしたか」
「い、いえ、こちらこそ」
「今日は…、あら、バスケをおやりになられるのですか?」
「いえ、実はこれは、かくかくしかじかでして」
なんとなく、この子の前だと僕も敬語になってしまう。
「まあ、それは大変。お大事になさってくださいね」
と、心配したような柔和な笑顔を見せてくれた。元々細い目がさらに細くなって、三日月のようになる。
癒されるなあ。笑顔もだけど、知らず知らずに、視線が下がってしまう。
「何か?」
「あっ、い、いえ、いえ、か、髪を切ったのかと」
長かった髪が少し短くなり、セミロングになっていた。だからちょうどラインを辿っていくと、自然と膨らみに到達するわけで。絵画上における視線誘導の問題なわけでごさいまして、決してエロ勇者ということではなく、その、髪の輪郭のラインをすーっと辿っていくと、すーっと双子のお山に登ってしまうわけでして、すーっと。
「そうなんです。これから暑くなるので少し」
ほっ、バレずに済んだようだ。
たったそれだけで涼しくなるものなのかとも思ったが、女性が言うならそうなのだろう。
「ウフフ、嬉しいですわ。あかりったら、私が髪を切ったのに気付いてくれないんですのよ」
「そ、そうなの?」
親友が髪を切った場合の女子同士の会話をよく知らない。男子同士でもよく知らんが。
「さっすが無学さんですね。女性の扱いに慣れていらっしゃる」
「え、ええ!?」
おっと、思いもよらなかった台詞が出たな。慣れてるどころか、生まれてこの方、女性に対する免疫を獲得してこなかったけど。たとえ女性ワクチンを打ってもらえるとしたって、列に並んでいる途中で怖気付いて帰ってしまいそうだ。
「そ、そんなことないよ」
「そんな、ご謙遜を。学年一の美女と無敵の女夜叉とを同時に従わせられる殿方など、そうはおりませんわ」
女夜叉って。野営の一件があるからなあ。
「いや、たまたま残り物で一緒になっただけだよ」
「そうですか?先日もチニダーの奥まで行ってらしたのでしょう?」
その言葉に、僕はギクッとする。すんのことを思い出したからだ。
「知ってるの?」
「オホホ、風のたよりに少しだけ」
「風のたより?」
「あそこは壁伝いに東に行くと、出られるんですってね。でも、無学さんたちは奥へと進まれたとか」
「え、そうなの?西の壁に沿っていくんじゃなくて?」
そうだったのか。王さんに壁伝いに行けば出られると教えられたものだから、てっきりダンジョン西辺の壁かと思った。そっちでも出られたことは出られたんだけど。
「いや、行ったとはいっても貧乏パーティだから。ただ通過しただけ」
そのおかげで厄介なボールに懐かれてしまった。
「いえ、お気になさらずに。健康的な殿方ですもの。よく寝てよく夢を見るのは自然なことですわ」
「ほ、本当に、通過しただけですっ」
「ウフフ、かわいらしいのね、無学さんって。あかりが夢中になるのもわかります」
「え」
「ご心配なさらずに。あかりはこのこと存じ上げませんから」
「ご、誤解ですっ」
闇野さん。闇野さんは、僕がチニダーから出てきたところでひょっこり会ったら、なんて思うだろう。
いやいや、何を焦ってるんだ?そもそもダンジョンのサキュバスはそんないかがわしいものではないぞ。
それに、別に闇野さんなんて気にしてないし。
ただ、もしかしたら闇野さんは僕に気があるのかな〜ってぐらいだし、遊ばれてるような気がしないでもないし。
だいたい、僕はああいう人はよく思っていないんだ。あんな人と深い関係になるわけないよ。だって普通のくせして特殊ぶってるし、思慮が浅くて平面的だし、個性的なようで俗っぽいし。
それに、闇野さんは美人だし、今までこんなことなかったし、闇野さんは美人だし、なんか手を伸ばせば届きそうな気もするし、闇野さんは美人だし、せっかくの幸運を手放したくないような気もするし、闇野さんは美人だし。
なんか、僕ってすごく好感度が低くて浅ましそう。いや、浅ましいのではなくて、いやらしいのか?
「きょ、今日は、闇野さんはどうしたんですか」
「あら、そんなにあかりのことが気になりますの?」
何故そこで拗ねた様子を見せる?
「い、いえ、そういうことではないんですけど」
「あかりは用事があるとかで、実家に帰っておりますの。だから、明日の夕方までは、この身は空いておりますのよ」
「あ、空いて!?」
「ええ、この週末に起こったことは、あかりは知りませんので。ウフフフ…」
寛木さん、どうしてあなたはそんな意味有りげに微笑むのですか。
「ちょっと暇を持て余しそうで怖いですわ。無学さんのような楽しい殿方が一緒にいてくださるといいのですけど」
僕は、あなたが怖いです。
「きっともう予定が入っておいでなのでしょうね。お急ぎのところ、お引き止めして申し訳ありませんでしたわ」
「い、いえ、急ぎじゃないです。僕はただ、映画でも見ようかと思っていたところです。講堂で映写会をやっているようですので」
「まあ、そうでしたの。全然存じ上げませんでしたわ。それは何時から上映されますの?」
「ええと、10時だという話です」
といっても、時間に間に合わせようとはしていない。腕時計だって持っていないし、そもそも真面目に映画を見ようとも思っていない。ただ時間が潰せればいいだけだ。
寛木さんは左手にした腕時計を確認して、驚きの声を上げた。
「まっ、大変。もうこんな時間。ごめんなさい、随分とお引き止めしてしまいましたわ」
「いえ、構いません」
すっと白い手が伸びてきた。
えっ…!?
「私、講堂までの近道を知っておりますのよ」
キュッと胸に引き寄せ、小走りで駆け出す。
あ、あ…、あ…!!!
どうしよう、映画より先におなごの肌に触れてしまった…。
ダムダムダムダムダムダム…。
うるさいな、まったく。




