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風に舞い散る勇者の如し  作者: いもたると
第四部

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177/206

謎は艶めき、鼠は幸せ

 それ以上、どうしていいものかわからなかったので、その日はそこで冒険を切り上げることに。

 保健室に行けば、なんとかなるだろうと、ダムダムとボールを突いて帰る。手のひらを下に向けておけば勝手に戻ってきてくれるので、楽といえば楽だった。

 途中、そうだこんなもの魔法で燃やしてしまおうと、火の玉魔法を試みたのだが。

 左の手のひらにボールを乗せ、右手は上に、足はクロスさせてフラメンコポーズを取る。

「熱いハートの目を覚ます、火傷するよな一目惚れ。砂漠の海の熱帯夜、堕ちた太陽燃え上がれ。フエゴ!フエゴ!バモスフエゴ!出でよ、火のた…、ブバッ!」

 呪文が完成する直前、ボールは僕の顔面目掛けて飛んできた。

 あたた…、くぅ〜。勇者の呪文はただでさえ恥ずかしいってのに、これじゃ恥の上塗りだよ。

「呪いのアイテムの中には、魔法封じがかけられているものもあるっていうぜ」

 ネズミ君の情報はやはり遅い。

 そんなこんなで、寄り道せずに学園に戻ったのである。最短距離というと、ちんぶり商店ダンジョン支店の中を通るのであるが、店内でバスケットボールを突かれても、店員の河童は意に介するでもなく、淡々と人面魚を揚げる作業を続けていた。失われてしまった心は、ボールのようには戻ってこないのだ。


「あら〜、あなたたちだったのね、ウッフッフッフ」

 肉感的美女の意味ありげな微笑みが、いつもいつも魅惑的であるとは限らない。保健室のデュナン杏里先生は、入ってきた僕らを見るなり、悪戯っぽく笑った。

「なんなんスか、これ」

 ネズミ君が代表して聞く。

「なんだと思う〜?ウフフ」

 美女に焦らされるのは、快感か不安か。この場合、秘密がありそうで不安だ。

「呪いっすよね?ボールに呪いがかけられていたとか」

「呪いは呪い。呪いなんだけどね、新開発の呪いなのよ。導入されたのは今年から。第一号に引っかかったのがあなただってのは、な〜んか納得よね」

 美女に笑顔で見つめられても、ちっとも嬉しくない。呪われた街の呪われた家庭で育ち、生まれてこの方ずっと呪われて生きてきたというのに、どうして魑魅魍魎渦巻くダンジョンに来てまで呪われなくてはいけないのだろう。

「あのゲームは、ただのジョークみたいなものなのよ。相手に点が入ったからって、どうにもならなかったでしょ?全部スリーポイントで決めても、最高90ゴールドにしかならないし、最後までやり切ろうってパーティは稀よね。扉を開ければすぐに出られるし、そもそも行く必要のないところだしね。よっぽど金欠のパーティじゃないと呪いなんてかからないわよ」

 ブラックジョークで生徒を呪いにかけるとは、酷い学園だ。

「とにかく、呪いを解いてくださいよ。これじゃ生活するのも不便です」

 サッカー観戦に行ったって、きっと持ち物検査で止められる。

「言わなかった?新開発って。その呪いはここでは解けないのよね〜ん」

 先生はウフフと笑った。モナリザの謎めいた微笑みの正体がわかった気がした。


「まったく、妙なもんに懐かれたよなぁ〜」

 保健室の後、僕らはノブさんの酒場で今週最後のパーティ団欒の時間を過ごしていた。

 たった62ゴールドばかりとはいえ、僕らにとっては手にしたことのない大金である。自然と財布の紐も緩み、ネズミ君は500円のステーキ定食をパクつきながらクダを巻いていた。

「な、なんだよ、俺は自分の金で食ってるからな」

 誰に言ってるんだ?このネズミはアイロニカル。そしてロマンチックだ。

「でもさ、一応これからどうしたらいいかは教えてくれたんだし」

 解呪は叶わなかったが、保健室に行ったことは無駄骨にはならなかった。

「学園が実験的に開発した新種の呪いだから、ここでは解けないんだけど、地下二階をその先に行ったところに、解ける場所があるのよね」

 と、杏里先生はチラッとヒントをくれたのだ。

「あんまりあそこまで行く生徒もいないから、行ってあげると喜ぶかもね。あ、これは内緒だったわ、ウフフフフ」

 その辺をもっと追求したかったのだが、謎めいた微笑みを守るため、それ以上のことは聞かなかった。

 裏に何かを含んでいようと、美女が微笑んでくれているのだから良いではないか。金はなくとも、勇者は紳士たれ。学はなくとも、こう見えて僕は粋でいなせな江戸っ子だ。あけすけに笑う女は好まぬ。謎めいているからこそ、色っぽい。

 オレンジに光るバスケットボールは、テーブルの下でゲンちゃんのおもちゃになっていた。どうやらすぐ側に僕がいれば、手に持っている必要まではないようだ。

 あれから多少の実験を試みてみたが、どうもこのボールは、僕との距離が一定以上に離れると、一目散に戻ってくる。近くにいても、ちょっと壁の陰に隠れて様子を見たりすると、途端に落ち着きを失って暴れ出す。

 周りの生徒だの窓ガラスだの、おかまいなしにぶつかるものだから危なくってしょうがない。

 結局、僕が出ていって手のひらに収めることになる。

「ゲンちゃんも最初はそうだったんですよ。ちょっとそこまで行くだけなのに、姿が見えなくなると大騒ぎで」

 ラーメンフェアは今日まで開催していたが、妙子はいつものお洒落メニューに戻っていた。チーズフォンデュにラディッシュを浸して食べている。流石ノブさん、女性の胃袋を掴むことにかけては、右に出るものはいない。

「ちょっと、かわいくないですか?」

「どこがだよ」

 人に懐くバスケットボールはかわいいのか否か?妙子VSネズミ君の普遍論争は、正義の側に付いた方がよかろう。即ち正義とはかわいさであり、かわいいは正義である。たとえそれが少女の幻想であったとしても。

 僕と鉄子は、まだラーメンフェアが続いていた。僕は定番の札幌味噌ラーメン。定番といっても、僕には初体験である。優しい味で、雪に閉ざされたような日には毎日食べたくなる、そんな味だと思った。

 鉄子は博多ラーメンと久留米ラーメンをダブルでいっている。二つの違いはなんだろう。

「週末にバスケ大会があればよかったのにねぇ。あたしと妙ちゃんに勇者さんが加われば、優勝間違いなしだわ」

 鉄子は丁寧にネズミ君を取り除いた。全寮制のこの学園は、休養日にもいろいろなイベントがある。残念ながら、今週末にあるのは映写会だった。

「ま、俺は家に帰るからなあ〜」

 と、ネズミ君。こんな風に幸せになれたらなあ、と思う。

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