見物は虚しく、汗は爽やか
チャリンチャリーンと、コインが2枚飛び出てきた。スコアは68:05。なんで左側が増えてるんだ?あ、ネズミ君に当たったやつか。赤く光ってなかったけどなあ〜。
「ナイス妙ちゃん!」
「私、小学校のとき、ちょっとやってたことがあるんですよぉ!」
同じ経験でもエラい違いだな。
「くっそお〜、鉄子、俺にもパスくれ」
「はいはい。お大事にするのよ」
ネズミ君はめげずに再びレイアップで切り込んだが、やはりネットを揺らすことはできなかった。それどころか、今度は勢いあまって壁に激突。
「ぐえっ」
バスケットに必要なものは運動神経ではなく、鎧兜である。守備力を増強する呪文も忘れずに。
「そりゃあ!」
一方、妙子は快調に得点を重ねていく。ゴール左斜め45度に、鼈甲眼鏡の王国を築きつつあった。
「やった、やった!」
無邪気にはしゃぐ女子高生を見るのは眼福この上ないではないか。
「ゴールと壁が近過ぎんだよ。ここじゃレイアップは逆効果だ」
不振のエースは環境のせいにした。
「そら、必殺スカイフック!」
ゴールに対して半身になり、ジャンプ。後ろの手を伸ばしてフワッと山なりのシュートを放った。
ボールは美しい弧を描き、飛んだ。その瞬間、彼は翼を得たのだ。自由を手にした彼は、もはや無慈悲に床に叩きつけられては、軛に繋がれたように跳ね返るだけの丸い存在ではなくなった。何人たりとも、彼の軌道を妨げることなどできない。たとえ幾多の同胞を、無情に飲み込んできたゴールでさえも…。
ボールはリングにかすりもせず、大分手前に落ちた。と、同時に赤い光が復活して、たった今彼に翼を与えた神に襲い掛かった。
「あでっ!」
ふう、スカイというには、あと1mぐらいはジャンプ力が足らないな。久しぶりに相手に得点が入った。
結局、我がチームの得点はほぼ全て妙子によるものだった。その度に、チャリンチャリーンとコインが増える。なかなかの収穫ではないか。普段、戦闘には参加しない彼女だけど、今回は八面六臂の活躍だ。
以前の動く宝箱といい、高額報酬の裏には彼女の姿がある。やはり生まれつき持てる人のところには、富が集まるのであろうか。
スコアは現在、104:57。敵の数字が増えているのは、我らのエースが集中攻撃を受けているからだ。
ネズミ君のウイニングショットを切り抜けたボールが復活し、再び一番弱いところを狙って攻撃してきているのだ。
片手にランプを持ち、片手にゲンちゃんを抱いて、脇にハンマーを挟んだ僕は、ただ突っ立って戦況を見つめているのみだ。
身動きが取れないが、どのボールも僕を狙っては飛んでこなかった。
うーむ、実は見ているだけの僕が一番虚しいのではなかろうか。ネズミ君はさっきから人類の歴史の上に、無様という瓦礫を積み上げてばかりいる。だが、何も挑戦しないよりは生を充実させているといえるのではないか。
ボールの数は大分少なくなった。
「よし、ここはスリーポイントで一気に…、いでっ、いでっ!」
やがて、ついにそのときがやってきた。果敢なる挑戦を繰り返していた偉大な魂も、力尽き、冷たい石床の上に倒れ臥すときがきたのだ。
「もう、邪魔しないでよっ」
たった今ネズミ君を襲ったボールを、スリーポイントライン付近で、鉄子がバシバシとしばき倒した。ボールはあと二つ。スコアは108:57。とうとう煩悩の数に並んだ。
しかし、ゴール付近からのシュートに失敗しておいて、何故彼はスリーポイントシュートが入ると思ったのだろうか。
「妙ちゃん、ラスト!」
「任せてくださいっ」
鉄子から妙子にラストパスが送られる。この試合、何度となく見た綺麗な放物線を描いて、ボールはゴールに吸い込まれた。チャリンチャリーン。108:59。
「散々手間掛けさせてくれたわねっ。玄界灘まで飛んでけーっ!」
最後に一つ残ったボールを、鉄子は槍投げのように投げ放った。それはダイレクトでバックボードに当たると、一度リングの縁でポーンと上方に跳ねてから、落ちてきたところをゴールに吸い込まれていった。
チャリンチャリンチャリーン!108:62。最後のゴールが決まったところで、また、ビイイーッと、ホイッスルのような音が鳴り響いた。
「よっしゃあ!スリーポイントシューター爆誕じゃあ!」
ガッツポーズで勝ち誇る鉄子。ちなみに今、僕らは南を向いている。玄界灘まで飛ばすには、地球一周しなくてはいけないことは、指摘しないでおこう。
「あ〜、やれやれ。エラい目に合ったなあ」
ネズミ君は驚くべき生命力で復活し、すぐさま床に散らばっているゴールドの回収に取り掛かった。
「ヘヘヘッ、62ゴールドか。大漁、大漁、やったじゃん!久しぶりにいい汗かけたしな」
「ほんとですぅっ。またバスケやりたくなっちゃいましたっ」
妙子がこんなにバスケが得意だとは思わなかった。そういやガーゴイルのときも、うまく受け身を取ったようだし、割と運動神経はいい方なのかな?純情可憐な乙女はミステリアスである。
「ま、面白い仕掛けだったわね。たまにはこういうのもいっか」
セーラー服の袖で額の汗を拭った鉄子。その顔は爽やかな微笑みに包まれていた。スポーツの力が出身地詐称の疑いのあるスケバンを更生に導くのか。
そんな中、一人充実した汗をかいていない男がいた。本来パーティの主役であるはずの、勇者。僕だ。
「ネズミ君、ランプ置いとくよ」
「ああ、サンキュ」
ゲンちゃんも床に下ろした。幻獣はチャッチャと爪を鳴らして、本日のヒロインを祝福しにいった。
ちぇ、本音を言えば、僕だってバスケをやりたかった。中学校では休み時間になると、男子も女子もやっている人たちがいた。当然のことながら、友達のいない僕は仲間に混ざることはない。
この学園に来てパーティが出来て。ここでも疎外感を感じるとは…。
僕はデメキンのハンマーを床に置くと、その辺に転がったままのボールを拾い上げた。ドリブルで位置を調整、フリースローラインのところでゴールに向き直る。狙いをつけて、シュート!
バンッ!ダムッ、ダムッ、ダム…。
うー、やっぱり入らないか。体育の授業でも、ロクにボールが回ってこなかったもんなぁ。
やめておこう。スポーツなんていうものは、どうせ僕には縁がないのだ。そういう大衆の関心と羨望を集めるようなものは。
「さ、行こう。あ、ゴールドも手に入ったし、今日はもう帰ろうか?」
みんなに呼びかける。あれ?いつのまにか、またボールを手にしていた。
もう、いらないよ。ポイッと無造作に放り投げる。ダムッ、ダムッ、ダムッ、ダ…、あれ?
「お、おい、勇者、それ…」
ネズミ君の表情が変だ。
なんで?僕は?またボールを持っている?
ポーンとまた放り投げる。ダムッ、ダムッ…。嘘!?
「なんでボールが勝手に戻ってくるんだ?」
物理法則に反したネズミ君の言葉は、真実だった。今、僕が投げたボールは床に跳ね返り、自分で勝手に戻ってきた。吸い付くように、僕の手の中へ。
ぼうーっと、ボールはオレンジ色の光を放ったのであった。




